現在、人びとがより身近な代表をもとめる傾向にあって、統治エリートが支配してきた従来の代表制民主主義のあり方が変化してきている。だが、いわゆる先進国では若者の人口は相対的に少なく、政治参加も活発ではないので、構造的に差別されている。そして、直接的な代表をもとめる変化と社会の高齢化のなかで、若者の政治的な苦境はますます顕在化している。

 イギリスでも16歳選挙権が話題となってきて、少なくとも日本社会よりはその理解は広がっている。

 しかしランシマンによれば、子どもの排除による政治における構造的不均衡は、2年の修正だけでは治らない。そこで彼が提案するのは、6歳までの引き下げである。

 ランシマンはこの提案をふたつの理由によって補強する。

 第1に、子どもは子どもに投票しないという見通しと、第2に、老齢を理由に選挙権を奪うことができない現実である。後者は、有権者個人がどのような状態であったとしても1人1票は適用されるので、同じ原理が子どもにも適用されないとおかしいという主張である。

 6歳は人格的な独立性が認められる年齢ということだろう。ランシマンの確信によれば、6歳選挙権は、代表制民主主義に大きな害悪をもたらすとは考えにくく、選挙をいっそう楽しくして、若者や子どもの不利を是正する巧妙な制度的な措置である。

新型コロナ禍の過剰な高齢者優先は
6歳選挙権のもとでは不可能だった

 つづいて、2021年11月16日に『ガーディアン』紙に掲載された、より議論が整理された彼のコラムを読んでみよう。

 ランシマンはここでも、6歳選挙権は民主主義にとって危険どころか、その改善に貢献するとの展望を披露する。とりわけ、社会的なさまざまな分断の根源にある、世代間の分断に注目している。

 たしかに世代間の紛争はこれまでも存在しており、文化や服装などのちがいという点では、現代はむしろ統合が進んでいるとすら言えるかもしれない。

 世代がちがっても、同じような消費行動をして、同じような発想をする。しかし、目には見えない、政治に関する世代間の分断は拡大している。