更に、対外的にはイスラム主義の輸出を試みる一方、中東各地の代理勢力を支援・養成し、欧米やイスラエルに対抗する姿勢を一貫してとっている……。なるほどね、でも、本当にこれだけなのだろうか?

イスラム主義統治の徹底が
イラン政府への反感に変わる

 1978年、イスラム革命は、パーレビ国王が強権により進めた世俗主義政策に宗教勢力が強く反発したことから始まった。革命後は、欧米型世俗主義を徹底的に取り締まり、イスラム主義を統治の基本に据える政教一致政治が始まった。

 しかし、イラン国民はパーレビ体制の下で一度世俗主義の蜜を味わっている。今更、急にイスラム法による統治を自発的に受け入れるとは到底思えない。ここでは筆者の個人的体験を2つ披露しよう。

 1997年、改革派大統領就任直後のテヘランに出張した際、最も驚いたのは街中のブティックで胸の大きく開いたミニドレスが堂々と売られていたことだ。街中の女性たちは頭からヒジャブをかぶっているのだが、聞けば、若い女性たちは自宅パーティで着飾るのだという。

 もう1つは数年前のこと。イラン国外某所でたまたま出くわしたイラン女子スポーツ選手たちも「自分たちは反スカーフ運動を続けるわよ」と息巻いていた。民度の高いイラン人がイスラム独裁政治を歓迎しているはずはない。

 イランは豊富な石油資源により経済的に豊かなはずだが、その国富は革命防衛隊を中心とする宗教勢力が事実上支配している。核開発疑惑により欧米が課した厳しい経済制裁の下、一般国民の生活はますます厳しくなっている。

 イラン内政の最大の懸念は国民の反感だ。特に、豊富なネット情報に接してきた、イスラム革命を知らない若い世代、なかんずく女性の不満と怒りである。中長期的に見て、イラン社会の不安定化は避けられないだろう。

 他方、イラン・イラク戦争により離陸し、強かに生き延びてきたイランのイスラム共和制も想像以上に強靱(きょうじん)で、簡単には崩壊しそうもない。様々な制裁にもかかわらず、原油など資源の豊富なイラン経済は、非効率な宗教統治の下でも容易には失速しない。