妹が出発する日、父は自宅宛のハガキを大量に持たせて、まだ字が書けない妹に、「元気な日はマルを描いて、毎日1枚ずつポストに入れなさい」と言ったという。
1週間ほどして初めて届いたハガキには、大きなマルが描かれていた。けれども翌日からマルは急激に小さくなった。やがてバツに変わり、そのうちハガキが来なくなってしまったという。家族はどれだけ心配したことだろうか。
そんな妹が帰ってくることになると、邦子と弟は家庭菜園のかぼちゃを全部収穫。妹を少しでも喜ばせようと、20数個のかぼちゃを1列に客間に並べたという。
夜遅くに妹が帰ってくるのを家の窓から見た弟が「帰ってきたよ!」と叫ぶと、茶の間に座っていた父は、裸足のままで、表へ飛び出していった。
「防火用水桶の前で、やせた妹の肩を抱き、声を上げて泣いた。私は父が、大人の男が声を立てて泣くのを初めて見た」
邦子が『字のないはがき』という作品で綴った実体験である。
向田作品では「威張っていて自己中心的だが、家族を不器用に愛する父親」が家族の中で存在感を放つことが多い。これは、父、敏雄の影響が大きかったようだ。
女学校を卒業したのち、邦子は実践女子専門学校に入学。その時期に仙台へ転勤となった家族と離れて、弟と母方の祖父母の家で暮らし始めた。ちょうど終戦から2年が経った頃で、まだ大学に進学する女性は少なかったという。
邦子は百貨店のレジ係やアイスクリーム売りのアルバイトに励んでは、稼いだお金で、好きな本を買い、劇場に通って映画を観たりした。
「自分に合った仕事をしたい」
社長秘書からの思い切った転身
大学卒業後に入社した会社で社長秘書となるも、2年後には「もっと自分に合った仕事をしたい」と、映画雑誌を発行する出版社の転職試験を受ける。
倍率は高かったが、学生時代に映画をたくさん観た経験が生かされたようだ。見事に採用されると、映画雑誌の編集者として活躍することとなった。
イラスト/伊達 努
邦子は映画を観ると、監督や俳優の名前をすぐに覚える、という特技があった。







