沢村は謙遜したように笑いながら、

「保護者の方からよくそんな相談をされるんですが、僕、別に官僚のコネとかありませんし、お役に立てるような人物じゃありません……」

「先生、率直に申し上げます。和樹の家庭教師になっていただけませんか?お支払いはちゃんとしますから」

「僕、勉強を教えるのは好きなんですが、家庭教師は正直、割に合わないなと……」

「ご研究がありますものね。わかりますわ。その辺り、小川さんからもよく伺っています」

「それから、塾との契約違反になってしまいますから」

「承知しています。もし引き受けてくださるならば、塾は辞めていただかなくてはならないと。お給料の分は、きちんとお支払い致します。それから、伺っていた出版の費用もこちらで負担させていただきたいのです」

「そんな、いくらなんでも、そこまではお願いできません」

息子の東大合格を機に
歪な関係は終わりを迎えた

 突然の申し出に、彼は思わず仰け反っていました。

「先生のご研究にも協力したいんです。私も主人も学歴がなくて、和樹のロールモデルにはなれません。ひとりっ子だし、先生みたいな方に導いていただきたいんです」

 そして私はすかさず、金額を提示した。

「1年で500万円でどうでしょうか?」

「ええ!」

 彼は驚きの声を上げました。

「そ、そんな、僕の年収、そんなにありませんから」

「先生にはそのくらいお支払いする価値がありますわ」

「いや、でも……」

「私たちの間じゃ、特別なことではありませんよ。1000万円以上、お支払いしているご家庭だってありますから」

 さすがにそんな話は聞いたことがありませんが、沢村を安心させるために嘘をつきました。

 息子と愛する人との別れは、同時にやってきました。息子の和樹は、東京大学に合格したのです。まるで、夢のようでした。

 和樹は泣いて喜び、自宅に沢村を招いてお祝いをしました。この時は夫も一緒でした。

 沢村は息子の上京の手伝いもしてくれました。私は息子の家を借りるためという名目で、沢村と一緒に上京し、東京でしばらくふたりの時間を過ごしたのです。