あなたが到着するのと時を同じくしてイングランドを訪れた人物がもうひとりいる。1348年6月25日、ロンドンから南西に200キロあまり離れたウェイマスに病気の水夫の乗った船が入港した。水夫の名前は伝わっておらず、どの港から来たかもいまとなっては判然としない。
ただ地中海地域のどこかであったことはおそらく間違いがなく、ことによるとスペイン北西部だったとも考えられる。水夫の病状が頭痛と咳程度の軽いものだったのか、もっと重かったのかははっきりしない。絶え間なく嘔吐していたかもしれないし、もっと典型的な症状が表れていたなら腋の下か脚の付け根が大きく腫れていてもおかしくはない。
いずれにしてもほどなく帰らぬ人となったはずである。ところが水夫を刺したノミも、水夫の病気も、そこで終わりとはならなかった。
信じがたいほど不運なことに、あなたがロンドンに着いたのは人類史上最悪ともいうべき大惨事の前夜だった。黒死病の大流行である。
同書より転載 拡大画像表示
田舎に避難すれば
感染を免れられるのか?
ノミの活動が一番活発になるのは暑い夏である。だから同じヨーロッパでも流行が夏に起きた都市のほうが死亡率は大幅に高かった。だがあいにく1348年のロンドンの冬はたまたま温暖で湿潤だった。
ノミは刺しつづけ、議会は1月を待たずに緊急事態を宣言する。2月と3月の60日間でロンドン市民の2割が命を奪われた。







