助かるためには観光を後回しにして都会を出て、もっと小さな田舎の村に向かえばいいとあなたは思うかもしれない。人とゴミのひしめくロンドンを9月のうちに離れ、市をとり巻くいくつもの農場のどこかに行けばいい、と。

 しかし、ほかのたいていの病原体ならそれが賢い選択なのだろうが、腺ペストの拡大を左右するのは人口密度ではない。問題になるのは人間の数に対するネズミとノミの密度である。じつは一見安全そうな小さな農場や村のほうが危険性が高く、それはもともとヒトに対するネズミの数の比率が大きいからだ。

 田舎町では黒死病の到来によってネズミの個体数が減少したために、ペスト菌に感染した何千匹ものノミが飢え、数少ない人間の宿主で腹を満たそうとした。つまり、人間だらけの都市にいるよりもあなたがノミに刺される確率はかえって高まる。

 それを裏づけるように、イングランドでの黒死病の死亡者数は都市部より農村部のほうが多かった。

 あなたに大地主の知りあいがいて、比較的ネズミの少ない田園地方の別邸にでも住まわせてもらえるなら話は別だが、そうでないならロンドンから逃げだす理由はない。ということで、金持ちの友だちをつくるか、さもなくば市内でじっとしていよう。

黒死病の死亡率に見る
通常のパンデミックとの違い

 ただし、同じロンドンでも場所によって危険度が異なるので注意が必要だ。

 納税記録をひもとくと、ロンドンの南側の住民のほうが北側より死亡率がわずかに低かったことがうかがえる。疫病が流行する際にはたいていそうだが、この場合もおそらく貧しい市民のほうが手痛い打撃をこうむったのだろう。

 北側では住宅が建てこんでいたうえに街路もいっそう汚かったため、ほかの地区よりネズミを引きつけやすかった。

 とはいえ流行の第1波に関していうと、富裕層と貧困層の死亡率の差は通常のパンデミックによくあるほどにはひらいていない。それどころか流行の第2波以降と比べてもその差は小さかった。