「産む義務」という幻想から自由になるために

 ここで冒頭の話に戻る。産まない性である男性は「まだ産める」とも「もう産めない」とも評されないし、子どものあるなしで人間的尊敬をそこまで云々されないものだが、女性には今もそれがついて回る。女性は産むことに価値と役割がある、との刷り込みは大変に根深く、しかも黒々と濃い。

 私はくだんの元ツイートの主が、本当にアイコン通りの若い女性かどうかすら疑っているし、選挙を前にした何らかの保守誘導の匂いを感じているけれど、そもそものツイートの動機とは、40代後半の子どもを持たない女性を「わがまま」「未熟」といった方向へ貶すことにある。ああいったツイートは大抵、個人的な経験から特定の誰かを念頭に書くものだ。

 それで何十万、何百万もの母ではないアラフィフ女性をまるごと対象に貶すのは、あまりにも主語が大きすぎないかと、その無謀な勇気に皮肉な感心さえする。一人一人、顔も名前も人生もある他者の人生を「尊敬できる」「できない」と勝手に評価する傲慢な視線は、どうりであまり支持されなかったようで、X(旧Twitter)でも一時的に話題となったがすぐに議論終了となっていた。

 けれど私は、そんな匿名で無責任で人間観の浅い発言者による勝手な評価、ツイートというチラシ裏の落書きに傷ついてしまう人々の「潜在的な罪悪感や後悔」の方が問題としては大きいのではないかと思っている。いつまでもそれを抱えて、時折こうした乱暴な誰かの言葉に煽られてしまうのは、「結婚しない」「産まない」のは義務の放棄であるかのように長年刷り込まれて染まり切った、タトゥーみたいな価値観がハッと目覚めるからだ。

 私こそ乱暴な言い方をするが、そんな義務感のタトゥーはとっくに役目を終えて消し去っていいものなのに、なぜ今も腕に入れたままなのだろう、と少し不思議ですらある。もうすっかり大人となった今の年齢のあなたに、そのタトゥーは要らないし、似合わない。

「もう産めない女性」「尊敬できない」と、世の中には人の負い目を見抜いて傷つけ、操る人間がいる。そんなの相手にしちゃダメ……。自分は義務を放棄している、と実は潜在的に湿度高く感じてしまっているのはあなたのほうだ。その負い目から自由になって、「義務って言われたところで、もうどうしようもないんだから、他のやり方で貢献しまーす。それで何が悪いねん?」でいいじゃないか。そんなカラッとカッコいい大人の女性、60歳になったらなおさらめっちゃ尊敬できますけど?

著者プロフィール