
「以前お会いしましたね」「新手のナンパですか?」
「河崎さん、僕、以前どこかでお会いしたことがありますね」
「おっ、なんですか、新手のナンパですか」
「いえ違います」
「なんだ違うのか(ガッカリ)」
「僕、一度見た顔を忘れない能力があって」
「あー、ハイハイ、海外ドラマで見たことありますねそういう人」
「結構しんどいんですよ、これ」
そのカメラマンさんは、インタビュー写真の撮影中、ファインダーを覗きながら話しかけてくれた。
私の方はお目にかかった記憶がないような……と考えていると、それを察してくださったのだろう、「たぶん、仕事で名刺を交換したわけじゃなくて、お互い知らぬ同士、どこか同じ店にでもいたんだと思います」と言う。
「えっ、そんなレベルの“一度見た顔”でも忘れないんですか?」
「そうなんです」
すごい記憶力である。曰く、日常の中で意識的に目を留めた相手の顔はまず忘れないのに加え、中には、無意識であってもいつの間にか記憶されている顔もあるらしい。そして視界の中に“知っている顔”があると脳が認識した時には、自分でも不思議な反応が出るという。
「この間も、大きな交差点で信号待ちをしていたら、右後ろの方にモワッと温かい、何か温度のかたまりを感じたんですよ。それは、そこに知っている顔の人がいるという印なんです。で、振り返るんだけど、誰だっけ……と分からない。しばらく考えて、ああ2日前に行った飲み屋で、斜め前のテーブルで飲んでいた人だ、と思い出すんです」