今週起きたことは、その退職代行業界が消失するかもしれないという事件です。小さい業界ですから、たとえ地球上から消滅したとしても日本経済へのマイナスダメージは微小でしょう。なくなったほうがせいせいするという人事部の方も少なくないでしょう。

 ただこの産業を立場の弱い労働者を支援するインフラだととらえると、産業がもっと大きくなったほうがたくさんの日本人が幸せになっていたかもしれません。

 会社を辞めるかどうか以前に、ブラックな上司とどう折り合うかの相談をしたり、折れ始めた「こころ」を修復するための相談相手になってもらったりします。その際に弁護士や医師の力を借りる代わりにAIの力を借りるサービスへと発展する可能性を考えると、ユーザーニーズだけでも十分に市場があります。

 一方で経済全体としては、このような新サービスの興隆にあたってはジレンマが発生します。弁護士や医師の独占領域をAIサービスが侵食することになるからです。

 このような問題はすべてのイノベーションで発生します。退職代行だけでなく、ライドシェアでも処方薬のネット通販でもオンライン診療でも企業の農地取得でも問題になります。多くの場合にはイノベーションが起きないほうが既存のサービス提供者には都合がいいのです。

 そして業界の抵抗勢力のほうがベンチャー起業家よりも経済力は大きいものです。ですから規制緩和をしないように行政に働きかけます。ベンチャー側は資金力が少ない中で先行投資していますから、規制が緩和されなければ資金が枯渇します。

 そのせめぎあいの中で、これまでの観察事実としては日本では既存勢力にとって不都合な新しいサービスの場合はだいたいベンチャー側が資金切れでストップしています。これを長い間日本企業、特にIT企業は経験してきたのです。

 だから、特に大企業は新しいことでファーストペンギンになって日本国内に投資をするようなことは本音ではしたくないと考えています。