『ばけばけ』とはスキマドラマである
朝、朝食にヘブンは起きてこない。原稿執筆に夢中なのだ。
クマはヘブンの性質をまだよくわかっていないので、よかれと思って部屋に呼びに行き「考えが消えてなくなる」と怒られる。
でもそれも深刻なことではなくほのぼの。
トーストは新しくクマが買った焼き網で焼いて、松野家の朝食はまた洋食に戻った。
以前の焼き網の行方はどうなったのか。それは台所のスキマにひっそり落ちていた。
松江の箸のときと同じ。
「この家、よくスキマにものが落ちるのよ」と蛇(渡辺江里子)。
『ばけばけ』に大きな事件が起こらず、スキマな話が多いのもそのせいであろう。
スキマが伏線になっていた! とドヤ顔するでもなく、ごく自然に前に出てきた出来事を使い捨てずにもう一度使う。『ごちそうさん』(2013年度後期)に出てきた始末の料理の精神のような作風。
かつ、スキマスキマで落とす、落語のような後味。さりげなく、ごくさりげなく文学的な香りのする第100回であった。
例えば『スカーレット』(2019年度後期)では、第11回、喜美子(戸田恵梨香)が大阪に出稼ぎに行く決心をして丘の上で夕日を見たとき、信楽焼のかけらを拾う。そこでのナレーション(中條誠子アナウンサー)は「みつけた焼き物のかけらを喜美子は旅のお供にしました」だった。
第27回、大阪に出稼ぎに行った喜美子の初恋がはかなく砕け散るエピソード。その締めのナレーションは「あき子さんもあき子さんのお父さんも散歩のコースを変えたのでしょう。犬のゴンももう荒木荘の前を通りません」。
こういう語りに絵本や小説などを読んでいるような感覚になる、と筆者はレビューを書いたことがある(拙著『ネットと朝ドラ』に収録)。『ばけばけ』の「この家、よくスキマスキマにものが落ちるのよ」にもそれと似たものを筆者は感じる。
朝ドラ史における『ばけばけ』は大きな出来事のスキマスキマを描く「スキマドラマ」であると位置づけたい。
ちなみに、今週は旧正月があった(2026年2月17日)。正月で100回とおめでたい季節である。
朝食を食べるトキの笑顔にホッとした。









