『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク
三田紀房の受験マンガ『ドラゴン桜2』を題材に、現役東大生(文科二類)の土田淳真が教育と受験の今を読み解く連載「ドラゴン桜2で学ぶホンネの教育論」。第126話は、SNS時代における「情報の偏り」について考える。
経済的理由から「過激な投稿」が増える時代
東大受験を目前に控えた天野晃一郎は、日課としてYouTubeを更新する。予想以上のアンチコメントに愕然(がくぜん)とする天野だったが、そのアンチコメントに対して親戚や先生たちがこっそりと反論していたのだった。
誹謗(ひぼう)中傷という言葉が一般的になって久しい。先日の衆院選でもまた、一部の候補者へのデマや、それに基づく誹謗中傷が話題となった。もちろん選挙を行う上で、候補者や政党に対する適切な批判は行われるべきだ。ただ、Xのポストやショート動画で虚偽情報を拡散し、それが一定程度民意に影響力を持つのは好ましくない。適切な批判ですら、「デマ・誹謗中傷」というくくりにされてしまうおそれもある。
何より厄介なのが、デマや誹謗中傷の目的が、政治的なものだったのに加えて経済的な側面もうまれていることだ。再生回数を稼げ収益化できるから、特に内容には興味がないが、とりあえず過激な投稿をする。こういった構造がまかり通ってしまっていることには大きな危機感を覚える。
虚偽を生み出すコストと、それにエビデンス(証拠)を持って反証するコストは、残念ながら後者の方が圧倒的に高い。
こういったデマに惑わされないようにするにはどうすればいいだろうか。まずは、「自分は偏っている」と認めることだ。SNSのアルゴリズムでは「自分が心地いいと思う情報」が流れてくる。自分のTL(タイムライン)に、過激な政治思想が流れてこようが、かわいい猫の写真ばかりが流れてこようが、「何かに偏っている」という点で本質は同じなのである。
「偏り」を減らす方法
『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク
SNSを使っている以上、誰もが「偏っている」のだ。そしてその偏りに自分から気づくのは極めて難しい。自分の気に入らない情報は流れてこないのだから、そもそも「間違っている」という可能性すら抱かない。
その偏りを「ある程度」減らしたいのだったら、「いいね」や拡散をしないのは1つの手だ。私は政治系の投稿には、どんなに共感するものであっても「いいね」や拡散をしないようにしている。そのせいか全政党への誹謗中傷が流れてくるが、どこか1つの考え方に染まるよりかはマシだと思っている。
また、 科学リテラシーに関する複数の調査では、「自分は正しい科学リテラシーを持っている」と自認している人ほど、間違った科学リテラシーを持っている、という報告もなされている。
気をつけるべきは「私は正しい情報を持っている。あなたは間違った情報を持っている」という態度はよくない、ということだ。この際、本当に正しい情報を持っているかどうかは問題ではない。
かつてサイエンス・コミュニケーションの分野では、「大衆は無知で正しい情報を持っていない。ゆえに、専門家が正しい情報を普及することが大切である」という「欠如モデル」と呼ばれる考え方が主流だった。
だが、結局そのアプローチでは、「自分が蔑ろにされている」という感覚を拭うことができず、科学リテラシーの向上にはあまり有効でないことがわかった。そのため、現在では、専門家と市民が対等に話をする「対話モデル」という考え方が主流だ。
これは、SNSにおいても言えるだろう。特に専門家ですらない人が多い中で、「私は正しいんだ」という主張は、たとえエビデンスを持っていたとしても、構造的にはデマを拡散している人と変わらない。「対話モデル」も、科学者と市民が膝を突き合わせて話すところからスタートした。
SNSの言論空間を少しでも優しくするためには、逆説的ではあるが、リアルで自分の身近な人と根気強く会話していくことが求められているのかもしれない。
『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク
『ドラゴン桜2』(c)三田紀房/コルク







