エコノミストの河野龍太郎や
「ネパールの赤ひげ」岩村昇もOB

 学者・研究者では、法学者で早稲田大の第14代総長を務めた奥島孝康が卒業生だ。2015年までの7年間、日本高校野球連盟の第6代会長を務めた。ボーイスカウト日本連盟理事長や白鴎大学長(※「鴎」は、正しくは「メ」の部分が「品」)なども歴任した。2024年5月に死去した。

 旧制卒では西洋哲学者の藤岡蔵六、西洋古典学・ラテン語学者の田中秀央、仏文学者の中平解、経済史の穂積文雄、民法学者の薬師寺志光、明治文学研究者の川崎宏がいた。

 新制になってからは、国際政治学者で防衛大学校校長を務めた松本三郎、国文学者で源氏物語を研究した伊井春樹、社会システム工学が専門で元横浜国立大教授の大谷英雄、魚類生態学者で元東京海洋大教授の河野博、公共経済学の岡村誠、海洋工学者で浮体式洋上風力発電を研究している宇都宮智昭九州大教授らが卒業している。

 徳田元は分子細胞生物学者で、東大教授を務めた。退官後に盛岡大学長に就いた。

 河野龍太郎は民間エコノミストだ。BNPパリバ証券経済調査本部長・チーフエコノミストで、25年からは東京大先端科学技術研究センター客員教授だ。経済財政諮問会議など政府の各種審議会の委員にも任命されている。

 多賀太は教育社会学者で、関西大教授だ。男性側に焦点を当てたジェンダー問題を研究している。

 医師・医学者として活躍した卒業生も、目立つ。

 岩村昇はネパールで、伝染病予防や栄養改善の医療活動を18年間も続けた。「ネパールの赤ひげ」と呼ばれ、マグサイサイ賞を受賞した。旧制宇和島中学から旧制広島高等工業学校―旧制松山高校―旧制米子医科大(現鳥取大医学部)へと進んだ。

 宮川真一は岩村の影響を受け、バングラデシュで医療活動をした。

 細川一は新日本窒素肥料(のちのチッソ)の水俣工場附属病院長を務め、水俣病の症状を初めて公式に確認した。ただし、会社から説得され、これを公表しなかった。東京帝大医学部卒。

 市立宇和島病院院長を務めた近藤俊文も旧制時代に学んでいる。幕末から明治にかけての近世日本史・医学史や幕末の宇和島藩の研究者、エッセイストでもある。