元大リーガーの岩村明憲や
「K-1」創設者の石井和義も

 スポーツがすこぶる活発な高校だ。毎年7月に行われる校内ボートレースは名物行事だ。

 百十余年の歴史を誇る男子ボート部は、1925年の全国中等学校競漕大会で優勝して以来、新制以降も何度も全国優勝している。男子だけでなく女子も66年以来、優勝を重ねている。

 ボート部応援歌『思へば過ぎし』と『佐田の岬』は全校生徒が口ずさむ。

 全国優勝といえば、相撲部も1959年に団体で果たしている。55年には、谷本英喜が全国高校総体相撲競技大会の個人戦で優勝し、「高校横綱」になった。谷本は、165㎝、65kgという小兵だった。

 五輪史に残る「山下跳び」の語源となった山下治広が卒業生だ。1964年東京五輪の体操競技で、山下は跳馬と団体総合で金メダルを獲得した。のちに日本体育大教授となった。

 56年のメルボルン五輪では、体操男子団体で河野昭が、また競泳200メートル平泳ぎで吉村昌弘がそれぞれ銀メダルを取っている。

 野球部は1901年に創部された。88年春にセンバツ大会で初出場初優勝を遂げた。2019年夏には、甲子園の全国大会に出場した。9年ぶり9回目だった。

 宇和島東高校と済美高校(私立・松山市)で野球部監督を務めた上甲正典が、卒業生だ。両方の高校で、春の甲子園センバツ大会の初出場初優勝という偉業を達成した。

 宇和島東高校時代に上甲の指導を受けたのが、ヤクルトや米大リーグで活躍した岩村明憲とその兄の岩村敬士、オリックス、中日の投手だった平井正史だ。岩村敬士と平井は同級生で、1993年に春夏連続で甲子園に出場した。

 岩村明憲(あきのり)は甲子園出場経験こそなかったが、1996年度のドラフト会議でヤクルトから2位指名を受け入団した。内野手としてヤクルトで計11年プレー、大リーグではデビルレイズなど3球団で活躍した。現在は、NHKBS1の米大リーグ野球中継で解説者を務めている。

 サッカーでは、愛媛県立南宇和高校のサッカー部監督として89年の全国高校サッカー選手権大会で全国制覇を成し遂げた石橋智之(さとゆき)がOBだ。愛媛の市民サッカークラブ・愛媛FCの総監督も務め、Jリーグ昇格に尽力した。

 女子柔道でも、有力選手を輩出している。宇高菜絵が14年に世界選手権大会体重別で優勝したのをはじめ、風戸晴子、宮本樹里、佐野明日香らが国際試合で活躍している。

 空手家の石井和義は立ち技格闘技イベント「K-1」を立ち上げ、格闘技ブームを巻き起こした。2023年には日本キックボクシングリーグ機構を設立し、発起人を務めた。