だが、出会った事実は消えることはない。出会いは、私たちを豊かにもするが、一方で深刻な影響をその人に与える。

「理事長、ドライブいいっすか」。

 ゆき子(仮名)は20歳(当時)で抱樸にやってきた。もう6年になる。

 子どもの頃に親に捨てられ、苦労に苦労を重ねながらもなんとか生きてきた。どこにも居場所がなく抱樸へ。当初、わが家で数カ月を過ごし、今はアパートに暮らす。

 時々「ドライブに連れていって」と言ってくる。夕方の誘いが多く、大体晩飯付きになる。僕はその日も、アッシー君とパトロンを引き受けた。

「よし、行こう」と、久しぶりのドライブへ。「私、山好きなんすよね」「そうなん。山っていいよね。じゃあ、今日は山に行こう」。

 車は山道を登っていく。相談がある様子もなく、仕事をがんばっていることなど彼女は話し始めた。

「山は好きなんだけど、私、虫ダメなんすよね」。「そうなん。虫は全部ダメなん」「全部ダメっす」。「カブトムシも」「ダメっす。特にカブトムシは」。その理由を聞いて胸が詰まった。

「子どもの頃、施設にいたんだけど、ある時、カブトムシのメスを見つけてですね、がんばって捕まえたんすよ。そんで先生に『カブトムシ捕まえたよー』って見せたんだけど、ゴキブリだったんすよね。先生たちが『ぎゃー』ってなって。それ以来、私、虫、全部ダメなんすよ」。

 切ないなあ。彼女は何も悪くない。先生たちに悪気はないだろうが、その一言、つまり「出会い」が「虫は全部ダメ」につながったと思う。

 カブトムシだと思い、一生懸命捕まえた。みんなに喜んでもらえると思ったが、結果は真逆。

 その痛みが今も消えない。ゴキブリに対する先生たちの拒絶が彼女自身に対するそれに思えたのかもしれない。

 あの日、「おお、すごいね。でも、それゴキブリっていって別の虫だよ。すばしっこいゴキブリを捕まえるのはカブトムシの3倍難しい。君すごいね」と誰かが言ったなら、そんな「出会い」だったならと思う。