「じゃあ、引き受けないのですか」と聞かれ、「いいえ、私が申し上げたのは『松ちゃんのことは引き受けます。だから松ちゃんもう飲まないでね』ということです」。
裁判長は一瞬沈黙された。その後「今の言葉を記録してください」と書記官に指示された。
まず「赦す」のが
支援する側のあるべき順番
「酒を飲まないという『条件をクリア』した人だけ引き受ける」。これは大変わかりやすい。
なぜならば、それが現代社会の「常識」だからだ。「条件をクリア」しないと「資格がない」ということになる。子どもの頃から私たちはそれを当然のこととして教えられてきた。
松ちゃんには反省してもらわないと困る。しかし、抱樸の考え方は少々常識からズレている。
松ちゃんに必要なのは常識ではない。「飲まないなら引き受ける」と条件を突き付けるのではなく「引き受けます。だから飲まないでね」という人の存在なのだ。これは全然違う。「まず、引き受ける」。これこそが「あるべき順番」だと思う。
「正直に話したら赦してあげる」。大人がよく使う手だ。だが、子どもたちが正直に言うのは叱られるのが怖いからではない。「この人は赦してくれる」「この人は僕のことを愛してくれている」と知った子どもたちは正直に言う。
「とっくに赦しているから正直に話してね」。つまり「受容」から始まる。
この順番はすてきだと思う。その安心の中で人は生きていける。
執行猶予を得た松ちゃんは、少々飲みながらも二度と酒に失敗することなく、地域で10年間を過ごした。
78年の生涯だった。
身元引受人となるか
受刑者となるかは紙一重
たまに支援をしていた方が逮捕されることがある。先の松ちゃんもそうだった。
そんなとき、僕は「身元引受人」になる。時には縁もゆかりもない人から頼まれることもある。今も関東の刑務所にいる方の「引受人」をしている。
遠くの刑務所になるとなかなか会えないが、なんとか時間をやりくりして面会に行く。アクリル板で隔てられた面会室の奥の扉が開く。刑務官に付き添われ本人が入ってくる。体調はどうか、足りないものはあるか、出所後どうするかなど、短い面会時間内に詰め込んで話す。







