3月15日に「プロフェッショナル 仕事の流儀」(NHK)への出演が予定されているなど、注目の社会起業家、川口加奈さん。14歳でホームレス問題に取り組みはじめてから、
・路上生活者の就労支援を兼ねたシェアサイクルサービス「HUBchari(ハブチャリ)」
・原則2週間まで無料で泊まれる個室のシェルター「アンドセンター」
など、「誰もが何度でも、やり直せる社会」をつくるため、さまざまな「事業」を手がけています。これまで2000人以上を支援してきた川口さんですが、今も“ホームレス”という言葉には拭いきれない誤解が数多くあるといいます。著書『14歳で“おっちゃん”と出会ってから、15年考えつづけてやっと見つけた「働く意味」』から、コロナ禍で相談者が急増している今こそ解きたい「3つの誤解」をピックアップしてもらいました。
誤解1:「路上脱出なんて働きさえすれば簡単にできるのでは?」
「仕事」と「貯金」と「住まい」、この3つを手に入れなければ路上脱出は難しい。だが、それぞれが相関しているため、ひとりでの脱出は不可能に近い。負のトライアングルとは、この構造のことを指している。つまり、どれかひとつだけを手に入れようにも、他2つをそもそも持っていないと難しいという状態が3方向すべてに生じているということなのだ。それを図示すると、図1のようになる。
たとえば、ホームレス状態から抜け出すためには、もちろん「住まい」が必要になるわけだが、住まいを得るためには、「貯金」がないと借りられない。しかし、ホームレス生活というのはお金がかからなそうに見えて、実は出費が多い。それもそのはずで、必ず外食となってしまうわけだし、身なりを清潔にするためにコインランドリーやコインシャワー、銭湯を利用する人も多い。
ここで、「ホームレスの人は、身なりを清潔にしようと思っているの?」と思われる方もいるかもしれない。確かに、お金がまったくないときは、公園の水道を使って、タオルで体を拭くことしかできないかもしれない。しかし、もし500円を持っていて、1週間お風呂に入っていなかったら、その500円を貯金するよりはまず銭湯に行きたいと思うものだ。同じように、3日間ご飯を食べていなかったら、まずはおなかいっぱい、ご飯を食べたいと思うだろう。最低限のことにお金を使ってから、初めて貯金する心の余裕が生まれるのだ。だが、お金が貯まらない限り家は借りられないし、家がないと余分にお金がかかってしまうという悪循環が生まれてしまう。
次に、「貯金」の面から考えてみる。貯金をするにはもちろん、働く必要があるわけだが、働くにもお金が必要だ。3日間何も食べていない状態では働けないし、身なりもある程度は清潔にしなくてはいけない。交通費がかかることもある。
そして最大のネックは、携帯電話がないこと。面接に行っても採用通知を受け取る電話番号がないと働けないのだ。
さらに、日本の多くの企業では、給料は月末締め翌月末払いといった具合に、働いてもすぐに給料はもらえない。日雇いなどの一部の仕事はすぐにお金をもらえるが、そのような仕事は労働条件が厳しく、数年間働いていない高齢のホームレスの人が急に働くには体力がもたない。
そして「仕事」をするには「住所」が必要となる。年末調整の際に、履歴書に書いていた住所が嘘だとバレて、ホームレスは雇えないと解雇されたという人もいた。最近では、マイナンバーの提出が求められることも増え、ますます、仕事をする際の住所の必要性が高まっている。
また、会社によっては、給料の振込手数料を安く済ませるために、指定の銀行で新たに口座開設をするよう求めてくる場合もある。口座を開設する場合、簡易書留でキャッシュカードを受け取れる住所が必要になる。「住まい」がないと、口座開設もできないのだ。
さらに見落とされがちなのが、「家を借りるにも家が必要」ということ。家を借りる際には、住民票や印鑑証明、身分証明書の提出が求められる。しかし、住民票が抹消されたホームレスの人は、もちろん提出できない。住民票をどこかに置こうにも、それには戸籍謄本などを取り寄せる必要がある。だが、実家があった市町村に置いたままの人も多く、取り寄せるのにもこれまた郵便物を受け取れる「住所」が必要なのだ。
まだある。家を借りるためには、ほとんどの場合、保証人、もしくは、緊急連絡先が必要となる。保証人や緊急連絡先になってくれる人とのつながりも必要になるし、保証会社との連絡には携帯電話が必要となる。
つまり、自力で路上から脱出することは不可能に近いのだ。