「二度と目が覚めませんように」と
毎晩祈りながら野宿をする

 僕には野宿の経験はない。だから、その本当のつらさはわからない。だが、三十数年の間、過酷を極める路上生活をする人を間近に見てきた。

「3日やればやめられない」などとちゃかす人もいる。そんなことはない。経験はないが、傍らで見てきたので少しは想像できる。ちゃかせるのは、現実を知らないか、あるいは人としての「想像力」を欠いているからだと思う。

 あるホームレスの親父さんの言葉が忘れられない。「毎晩、お祈りしてから寝るんです」。

 僕は牧師である。「お祈り」という言葉に興味が湧いた。少々期待しつつ「もしかしてクリスチャンですか」と尋ねた。すると彼は「もう神も仏もありません」と静かに答えた。

 では、彼は何を祈っていたのか。「もう二度と目が覚めませんように、と毎晩祈ります」と親父さんは言うのだ。

 言葉の重さにたじろぐ。鈍感な僕でさえこの言葉に野宿生活とはどういうことなのかを想像せざるを得なかった。

痛ましい事件が起きたのは
「最も醜いベンチ」の上だった

 最初にニュースで事件の現場となったベンチの映像を見た時、胸に刺さった。

 このベンチが事件の背景、いや本質を物語っているようにさえ思えた。2人掛けの小さなベンチの真ん中に仕切りの「手すり」があった。多くの人は、この手すりに違和感を覚えないだろう。

 しかし、ホームレスの現場を長く見てきた僕には、この手すりが事件を「後押し」しているように映った。

 この手のベンチは、ここ20年ほどの間で急速に全国に広まった。手すりがあることで立ち座りが楽になる人も当然いる。しかし、この手すりは「横になれない」ように施された「ホームレス対策」の狙いがあったのは明らかだ。

 実際、このような形状のベンチは1994年に「背もたれ付ベンチ」として、特許庁に実用新案登録されている。そして、資料の目的の項目には「浮浪者などがベッド代わりに使用できず」と記されている。