それだけ、檀家が減少することで困っている寺が少なくないということにもなるが、離檀料の額に根拠があるわけではないし、戒名料にはあった「相場」などもない。

 今の時代から振り返ってみるならば、仏教界が戒名料を否定した時代は、まだ、彼らにとってはましだったのかもしれない。

 バブルの時代には葬式の費用が高騰し、それぞれの寺には経済的な余裕があった。その余裕が失われると、なりふりかまわなくなり、離檀料などという言葉が大手を振ってまかり通るようになってしまったのだ。

グレーゾーンで成り立つ
仏教界のお金のしきたり

 家や部屋を借りるとき、敷金や礼金を支払う。退去するとき、慣行として礼金はいっさい返却されないが、敷金の方は、修繕費用が差っ引かれるものの、一部は戻ってくる。

 墓を建てたときは、そうはなっていない。永代使用料を支払っているわけだが、退去する際、その一部が戻ってくることはまったくない。私は一例だけ、一部返金されたという話を聞いたことがあるが、それも、更地にした墓を他の家が買うことが見込まれたかららしい。

 この例からすれば、先ほどのあこぎな寺は、離檀料をとるのではなく、返金すべきだったはずである。

 では、高額の離檀料を請求された際に、どうすればいいのか。それは放っておくのが一番である。

 そうなって困るのは寺の側であり、檀家の側ではない。檀家としては何の被害も被ることはないのだ。

 管理料も支払わず、離檀料にも応じず、墓じまいをしなくても、寺の側が、そう簡単に墓を処分するわけにもいかない。

 むしろ、檀家の側としては、寺の側が墓石を撤去し、そこに納められていた遺骨を永代供養墓にでも入れてくれれば、墓じまいの手間が省け、それは助かる。おそらく、寺の側はそう簡単には墓を処分したりはしないだろう。処分の費用もかかるわけで、持て余すしかなくなるはずだ。

 どの家も、特定の菩提(ぼだい)寺と寺檀関係を結ばなければならなくなったのは、江戸時代にそれを強制されたからだ。それから、すでに400年近くの歳月が流れている。400年の間に世の中は根本から変わった。

 近世から近代に変わり、今や日本は高度資本主義社会になっている。寺檀関係が時代にそぐわないものになっていることは間違いない。

 少なくとも、これから未来にわたって、そうした関係を継続させていくことは不可能である。