暮らしが豊かになるのは
技術革新が起きたとき
会社に賃上げを求めるだけでは、限界がある。給料を上げ続ければ、その会社が生産する商品の価格に跳ね返り、物価が上昇するからだ。給料が増えても、物価が同じだけ上がれば、生活は豊かにならない。
また、高付加価値の商品を販売するのも同じだ。高額な商品が売れれば、従業員の給料を上げられるが、そこにもジレンマがある。私たち自身も消費者として、より多くのお金を支払うことになるからだ。
世の中に高額な商品が増えて、生活が豊かになるとすれば、それは単に給料が増えたからではなく、その商品が私たちの生活の満足度を高めているときだ。つまり、なんでもいいから“高付加価値”にすれば生活が豊かになるわけではない。
私たちの給料が物価以上に上がってきた本当の理由は、高額商品の開発ではなく、効率化によって仕事を減らしてきたことにある。
歴史がそれを証明している。産業革命や高度成長期に暮らしが豊かになったのは、機械化で生産効率が高まり、多くのモノを安価に手に入れられるようになったからだ。
では、シイタケ栽培に必要な人手が100人から8人に減ったとき、残りの92人はどこへ行ったのだろう?彼らは失業してしまったのだろうか?
農家の割合が多い大正時代は
エンゲル係数の高さに悩まされた
芥川龍之介が「杜子春」を発表した1920年、日本で初めての国勢調査が行われた。
東京では、女性がスカートをはき始め、路面電車が行き交うなど、近代化が進んでいた。一方、地方では牛や馬を使った昔ながらの農業が残り、のどかな田園風景が広がっていた。
当時の日本を、100軒の家が建ち並ぶ村にたとえると、49軒が農家だった(注2)。
村人の約半数が農業をしていたわけだから、1軒の農家で生産できるのは2軒分の食料がせいぜいだった。
残りの半数は、商店、洋服屋、工務店、郵便局など、農業以外の仕事を担っていた。軍人、役人たちもその中にいる。
(注2)国勢調査、農林業センサスをもとに筆者が計算。







