「村にどの仕事がどれくらいあるか」は、村人のお金の使い方で決まる。村人がもし収入の1割を洋服代にあてるなら、村の産業の1割は洋服関連になる。100軒のうち10軒ほどが、糸を作ったり生地を作ったり洋服を仕立てたりする家だと想像がつく。

 そう考えると、農家の多いこの村においては、かなり食費が高そうだ。約半数の農家以外にも、漁師、八百屋、しょうゆ屋など食に関係する仕事は存在する。

 実際、1920年のエンゲル係数は、60%にも及んだ(注3)。

 現代の感覚なら、月収40万円のうち24万円が食費に消える暮らしだ。残りの16万円で、衣服代や光熱費、家によっては家賃も支払うのだから、お金に余裕はない。

 自給自足が可能な農家のエンゲル係数は低いかもしれないが、自宅で消費してしまえば生産した2軒分の食料の半分しか外には売れないため、やはり経済的余裕は少ない。

 では、どうすれば食費が減って、生活が楽になるのだろうか?

 答えはシンプルだ。「食」に関わる仕事の割合を減らすことだ。少人数で十分な食料を作れるよう、生産効率を上げる必要がある。

「仕事を減らす投資」が
暮らしを豊かにしてくれる

 それから100年が経ち、かつて49軒あった農家は、今ではたった3軒に減った。輸入にも頼っているので、村の外にも数軒必要だが、それでも圧倒的に少ない。食料自給率の問題はあるものの、生産効率は確実に上がっている。

 そのおかげで、エンゲル係数は60%から27%にまで低下した(総務省統計局「家計調査」)。

 ただ、農家の数が激減したほど食費が下がらなかったのは、食生活が大きく変わったからだ。100年前は、家庭での調理が基本だったが、今では、外食や加工食品を利用し、たくさんの人の手を借りて食事を楽しんでいる。

 パン屋で焼いてもらったメロンパン、レストランで調理してもらえるパスタやステーキ──こうした誰かに作ってもらう食事が、生活の一部になった。

 食生活が大幅に向上したうえに、エンゲル係数が26%にまで下がった。月収40万円なら、食費は10万円程度ですみ、残りの約30万円は自由に使える。そのお金でネイルを楽しんだり、子どもを学習塾に通わせたりできるようになったのだ。

 こうした豊かさは、農作業が機械化されて仕事が減り、ヒトの力に余裕が生まれたおかげだ。余力ができたことで、パン屋やネイリスト、塾の先生といった新しい仕事が登場した。

 私たちの暮らしが豊かになってきたのは、いつも仕事を減らすことが出発点になっている。

 トラクターや炊飯器といったイノベーションの価値は、それを作る仕事が増えたことではない。私たちの重労働を減らし、自由な時間を作ってくれたことにこそある。

 そして、豊かさの理由は、高級品が増えたからではない。効率化で生まれた時間が、新たな商品の生産やサービスの提供に向けられたから、暮らしに余裕と満足が生まれた。高付加価値とは、値段の高さではなく、私たちが真に価値を感じたときに意味を持つものだ。

 だからこそ、効率化や新しい価値を生む「挑戦」にお金が流れることが、本当の意味での投資になる。

 挑戦をする人が現れなければ、投資はただのマネーゲームになってしまう。

(注3)篠原三代平『長期経済統計:推計と分析第6』(第4表p140-141)より計算。