村上 その通りです。アカデミアは、卓越した知性を持つ研究者たちの不断の努力による膨大な発見とアイデアの宝庫ですが、その多くは社会実装に至らない。アカデミアは研究機関であり、社会実装機関ではないからです。

 8年前、筑波大学の研究者である落合陽一と私たち同志2人が、ピクシーダストテクノロジーズという会社を創業した理由はそこにあります。アカデミアに眠る秀逸なアイデアを発明へと転換し、連続的に社会実装していく。その仕組みを作り、ビジネスとして成立させることでした。ただその仕組みづくりすらトライ&エラーの連続ですが。

――村上さんと落合さんは、当時どういう関係だったのですか。

村上 落合とは2015年ごろに知り合いました。研究室が同じとか、大学が同じという関係ではなく、共通の知人経由でつながった形です。その後、2017年1月ごろにたまたま数年ぶりに再会し、そこから一気に話が進みました。

 そのごろ、落合は筑波大学の教員として数年働いており、私は前職のコンサルティング会社を辞めて独立し、個人事務所をしていました。当時VC(ベンチャーキャピタル)の方も一緒にいて、アカデミアの技術を社会実装するための事業をやりたい。そのために、まずは落合たちのグループが研究していた超音波スピーカーの技術の商品化を目指すので一緒にやらないかという話になり、共感して創業に至ったわけです。

創業時の主軸が“ノックアウト”された後に
生き残ってきた事業とは

――その超音波スピーカーの技術は社会実装できたのですか。

村上 いいえ。かなり頑張ったものの、結果として技術的にも産業的にもノックアウトされてしまった。2019年くらいだったと思います。

 理由はいくつかありますが、クリティカルだったのは安全基準です。落合たちのアイデアは、超音波の特性を生かして、特定の場所でだけ音が聞こえる音響を作るというものでした。

 例えばゲームセンターでそれぞれのゲームの近くにだけ、そのゲームに関連する音声が流れるといった技術です。技術的には可能だったものの、空中を伝搬させる超音波で人に音を聞かせることに関する安全基準が当時の日本にはなかった。それでは他社との共同開発が進まないので、安全基準を作ることになりました。