執着を手放し、等身大で生きる
普通にしていれば「もういい年だから」と穏やかな気持ちになれるのですが、そうでないと不幸せになってしまいます。だからこそ、執着心を手放すように心がけてみてください。
「私はすごいんだぞ」「まだまだ負けていない」といったアピールは、ただのエゴ。若い世代から見ると、いわゆる「老害」になってしまう恐れもあります。老害になる人とならない人の違いは、やはり執着心の強さにあるのではないでしょうか。
年を重ねた人が本当に尊敬されるのは、過去の栄光を語る時ではありません。肩の力を抜き、執着を手放しながら、今の自分を等身大で生きている姿こそが尊敬を集めるのです。昔のすごいエピソードは、自分で言わなくても周りの人が自然と気づいてくれるものです。
「だから今も素敵なんだね」と言われるような生き方を目指したいですね。「自分にはまだ承認欲求があるな」と気づいたら、少しずつ手放してあげましょう。
今日という1日を大切に
老後に向けて、さらに大切なことがあります。それは、「残りの時間はそこまで多くない」という事実を受け入れることです。70代、80代になれば、残りの人生が何十年もあるということは稀です。もしかしたら明日どうなるかわからない毎日を重ねているのですから、今日1日を大切に過ごすだけで十分なのです。
ありのままの自分の姿で、今日できることをする。それだけで幸せに生きられます。もし、どうしても承認欲求を満たしたいのであれば、「自分がすごい」とアピールするのではなく、後の人に何かを残す形で認めてもらうことをおすすめします。
自分が苦労した経験から「こうするといいよ」とアドバイスをする。「こう作ると美味しいよ」と生活の知恵を伝える。家族や友人など、今周りにいる人たちと一緒に楽しい時間を過ごす。このように過ごすことで、その思い出が相手の心に残る大切なものになります。
走馬灯に残るような素敵な時間を
楽しい思い出をたくさん作れば、人生の最後に「走馬灯」を見る時、きっと素敵なシーンがたくさん流れてくるはずです。私は日頃から「この人と関わるか」「これをやるか」を決める時、人生の最後の走馬灯に流れた時に「素敵なシーンの登場人物になってくれそうか」を基準にしています。
自分が「すごいだろう」と必死にアピールした執着にまみれた話なんて、走馬灯には流れてこないでしょうし、もし流れてきても恥ずかしいだけですよね。そんな基準を持って生きていくと、より良い人生になるのではないでしょうか。
※本稿は『精神科医Tomyが教える 1秒で不安が吹き飛ぶ言葉』(ダイヤモンド社)の著者による特別原稿です。






