この手紙の中で平田は2~3カ月経ったら会いたいということを書いている。そして実際に出所後、2025年1月まで7回、平田からの要請で、平田と假谷は毎回、上野で顔を合わせることになる。

 弁護士やジャーナリストなど同席者が常にいたが、居酒屋の個室で2時間ほど話したり、焼き肉を食べに行ったこともある。

 假谷は平田に、当時勤めていた会社の連絡先しか教えていなかった。平田からの連絡はジャーナリストが仲介するかたちでいつも実現していたが、今は何をしているのか假谷は必ず平田に尋ねた。勤務先は刑務所で知り合った者のところだったり、元オウム信者の経営先だったりした。5万円が払えそうにないということも正直に假谷に告げたこともあった。

 假谷は、平田がきちんと賠償できるように、事情を先方の会社に話した上で就職先を斡旋したこともあった。しかし、平田はそれを断ってあちこちを転々とした。最後に会ったのは2025年1月。夜勤で警備のアルバイトをしていた。

関係を早く切りたくて
未払金223万円を免除

 面会5回目の2023年2月。假谷は1つの提案をし、平田と「合意書」を交わした。その時点で賠償金は残額247万円だったが、假谷は未払い金のうち、24万円を24回に分割して、月1万円ずつ2023年3月から2025年2月まで支払えば、残りは免除するということを提示したのだ。ただし、守ることができなかった場合、合意書は失効する、とも。

「残りの額を免除するというのは、ようするに出所してもろくに稼げていないことがわかったからです。私が斡旋してあげた仕事は断って就かず、どうやら刑務所で知り合った友達のほうに行った。ところが、その会社にも行っていない。出所者を支援する組織があるからそこにも行けと言ったんですが、行っていない。

 2回目(2022年8月)に会ったときは元オウム信者のところでアルバイトしていた。その男は不動産に投資してアパートなどを購入して、ホームレスや出所者を住まわせるビジネスをしていた。ボランティアではなく、ちゃんと家賃をもらって、生活保護の請求の手続きもしていた。その手伝いを平田はしていたんですが、毎日仕事があるわけではなく、月に7万~8万円しか給料がなかった」