だからといって、彼の打撃に悪影響が出ることはなかった。二塁打1本を含む4打数2安打2打点を記録し、チームの6-3の勝利に大きく貢献した。

「たんに野手として試合に出るときよりは、多少緊張していましたよ」

 試合後の大谷は通訳を通じて答えた。

「手術をしてくれた医師団のみなさんをはじめ、ここまで支えてくれたみなさんに本当に感謝していますし、スタッフのみなさん、チーム一同にも大きく支えられました。結果云々は別として、こういう瞬間をみなさんにお見せできたのがいちばんのお礼だったのかなと」

 本人も認めた緊張のせいか、大谷のコマンドは確かに普段通りではなかった。だが、球速は確実に戻っていた。

 この日投じたフォーシーム9球の平均球速は99.1マイルに達していて、最高でアラエスと対戦したときに100.2マイルも出た。

「僕としてはだいたい95~96マイルくらいを目安に投げていましたが、試合に入り込んだ結果、もう少し速さも出せたのかなと」

 そう大谷は振り返った。

大谷の実力を最大限に引き出すため
球団側が考えた戦略とは

 大谷は、再び二刀流の日々に戻った――そして翌日は打者として、4打数0安打の4三振を喫した。エンゼルス時代を見ても、登板翌日の打席は普段の基準に届かないことが多く、それが要因となってエンゼルス首脳陣は彼の登板翌日をオフにしていた。

 ドジャースは、登板の翌日を休養日にすることはなかったが、確かにそういう試合の打撃成績は.147とふるわなかった。その対策としてドジャースが行ったのは、連戦が続いたあとのオフの前日に、可能な限り大谷を登板させるということだった。

 この方針にまさに当てはまったのが、二度目の先発となった6月22日の対ワシントン・ナショナルズ戦だった。

 この日も1イニング限定の登板だったが、大谷は見事にこの試験をパスした。

 18球を投じて、対戦した4人の打者のうち2人から三振を奪った。対戦打者が4人に伸びたのは遊撃手のムーキー・ベッツのエラーが原因だった。