世界の富裕層たちが日本を訪れる最大の目的になっている「美食」。彼らが次に向かうのは、大都市ではなく「地方」だ。いま、土地の文化と食材が融合した“ローカルガストロノミー”が、世界から熱視線を集めている。話題の書『日本人の9割は知らない 世界の富裕層は日本で何を食べているのか? ―ガストロノミーツーリズム最前線』(柏原光太郎著)から、抜粋・再編集し、日本におけるガストロノミーツーリズム最前線を解説。いま注目されているお店やエリアを紹介していきます。

なぜ、名シェフたちは今、「雲仙」に注目するのか?Photo: Adobe Stock

「志」が多くの人を惹きつける

 地方には、名シェフたちに移住する決断をさせてしまうような、カリスマ的な生産者たちがいます。

 雲仙にも、本書で紹介している「サスエ前田魚店」の前田さんや、漁師の藤本さんのように、多くの名シェフを惹きつけるカリスマがいます。農業を営む岩﨑政利さんです。

 岩﨑さんは、御年70代半ば。雲仙に代々続く農家の4代目で、農業を継いだ最初の10年は、農薬を使う普通の農家でした。しかし、30歳のときに原因不明の体調不良に襲われたことをきっかけに、無農薬農業に転換。体調が無事に回復したこともあり、無農薬農業をさらに研究し、イタリアのスローフード学会で講演するほど知見をためていきました。

 しかし、イタリアで次のようなことを言われ、岩﨑さんは悩みます。

どんなに安全でも美味しくなくては意味がない

 たしかにそうだと感じたものの、果たして「美味しい」とは何なのか…。悩んだ結果、岩﨑さんが出した答えは「在来種」でした。

「在来種」を育てるという決意

 在来種とは、長時間かけてその土地の風土に根ざし、受け継がれてきた品種のこと。形が不揃いだったり、生育時期がばらばらだったりするため、大量生産・流通には向いていませんが、風味が豊かで採取した種をそのまま植えて次世代につないでいくことができます。

 これに対するのが、「F1」です。

 形や大きさを整え、収穫時期もコントロールできるように人工的に開発された種であり、スーパーの野菜はほぼF1種。日本だけではなく、世界中で流通しているほとんどの野菜がそうです。扱いやすい半面、かけ合わせた両親の優れた性質は一代で終わるため、毎年新しい種を買う必要があります。

 岩﨑さんは、その当時の思いを次のように語ります。

「F1は美味しさよりも多収穫を優先させますが、在来種はその地域になじんで美味しさを表現してくれます。地道に長年かけて在来種を育てようと決心して、種採り農家として生きることにしました

 この決意は、相当重いと言えます。なぜなら、F1ではなく在来種で野菜を育てる場合、難しさや手間が数倍かかるからです。

 たとえば、在来種は個体差が大きいため、成長スピードにもばらつきがあり、一斉に収穫しにくいため、収穫・出荷の手間が増えます。F1は病気や気象への耐性を高めるように品種改良されていますが、在来種はそうではありません。しかも岩﨑さんは無農薬で育てているため、より一層労力がかかります。さらに、在来種は自分で種を採って使うため、「元気で良い実から種を採る」という選別作業が必要になります。不適切な選抜をすると品質が年々悪化するため、知識や経験が求められます。これ以外にも、市場で評価されにくかったり流通販路が限られたり、様々な困難があります。

 けれども、岩﨑さんは在来種で野菜を育てていくと決め、土壌を改良し、試行錯誤を繰り返しながら、多いときでは70~80種類の野菜を作るようになりました。そして今では、全国から種が送られてくるようになり、雲仙の郷土野菜以外のものも育てています。

 そうした岩﨑さんのが多くの人を惹きつけ、雲仙には意志を継ぐ人々が着実に増えてきているのです。

※本記事は、『日本人の9割は知らない 世界の富裕層は日本で何を食べているのか? ―ガストロノミーツーリズム最前線』(柏原光太郎著・ダイヤモンド社刊)より、抜粋・編集したものです。