絶望的な状況の中、稲盛和夫の尊い決意とは
オイルショックの影響で、京セラも倒産の危機に直面した。1974年1月に月に27億円あった注文が、たった半年後の7月には3億円弱にまで激減してしまったのだ。注文が10分の1に減るというのは、会社の収入がほとんどなくなる状態である。
多くの会社が生き残るために働く人々を次々と解雇するなか、稲盛和夫は働く人を1人も辞めさせないという固い決意を固めた。
会社は働く人々の幸せを実現するために存在する。景気が良い時だけ一緒に働き、都合が悪くなれば捨てるような行いを、稲盛和夫は人間として絶対にやってはいけないと信じていた。会社の利益よりも人間として正しい道を貫く態度は、いくら称賛しても足りないほど尊いものである。
稲盛和夫は、不安に震える働く人々に向けて力強い言葉をかけた。稲盛和夫経営講演選集 第4巻「繁栄する企業の経営手法」で振り返られている言葉を原文のまま引用する。
《大会社が次々に倒産していくような大不況になろうとも、京セラは生き残っていくことができる。たとえ売上が2~3年ゼロになったとしても、君たち従業員の生活を守っていけるだけの備えがある。だから、一切の心配は要らない。安心して、さらに仕事に励もう》
会社がいつつぶれてもおかしくない状況で、数年間売上がゼロになっても生活を守ると言い切る強さは、働く人々を家族のように深く愛し、絶対に守り抜くという強烈な責任感から生まれている。組織のトップが発した愛に満ちた約束は、働く人々の心に深く響き、大きな勇気を与えたのである。
稲盛和夫は危機を乗り越えるため、働く人全員に並々ならぬ努力を求めた。
工場で物を作る役割の人々も含め、全員で製品を売る営業活動に走り回った。少しでも仕事をもらえないかと、お客さんのもとへ足を運び続けたのである。同時に、世の中が求める新製品を生み出す研究に没頭した。
経営の幹部たちは自らの給料を減らし、労働組合も給料を上げることを我慢した。働く人々と会社が対立するのではなく、同じ船に乗る仲間として深く協力し合ったのである。







