その結果、娯楽目的の海外渡航経験がない人は、年収600万円以上の人で20.5%、年収300万~600万円未満の人で33.2%、年収300万円未満の人で46.3%という結果となった。海外渡航経験についても、年収300万円未満の回答者と、600万円以上の回答者では、約26%ポイントもの差があったのである。
さらに、300万円未満だと海外旅行を1年に1回も経験しない人が、約2人に1人であるのに対して、600万円以上だとそれは約5人に1人という実態も浮かび上がってきた。行き先の国内国外を問わず、観光旅行をめぐる移動機会には決して小さくない格差がたしかに存在するのである。
では、娯楽目的の観光旅行以外の海外渡航はどうなるだろうか。結果は、娯楽目的の渡航以上に大きな差が存在した。一生のうちに仕事目的で海外渡航を経験する人の数は限られるものの、年収300万円未満の人の15.0%に対して、年収600万円以上の人だと43.6%となった。
仕事目的の海外渡航経験では
さらに格差が拡大する
ここまで読んで、「年収600万円以上といっても多様では?」と思った人がいるかもしれない。その指摘は鋭い。実際、「年収600万円以上」の内実はさまざまであり、本調査の場合は、個人年収が1000万円以上の回答者が263人(8.9%)、1500万円以上の回答者が62人(2.1%)いた。国税庁の調査と比較すると少々割合が高いが、これは男性回答者の割合が高いことと調査方法に起因すると考えられる。
こうした年収がより高い人々は、海外渡航経験が多い、つまりは移動性が高く、安全な日常のための資源として移動性を用いることができる可能性が高く、“モビリティ・グローバル・エリート”も少なからずいると思われる。別の言い方をするならば、より主体的に移動を実行するかしないかを選択でき、次々と新天地に移動することも可能な、移動性の階層の高い位置にいる存在である。
格差や不平等と聞くと、貧困をまず思い浮かべる人が多いと思うが、誰が貧困かだけでなく、誰がお金持ちか、といったことも不平等の議論の一部である。格差や不平等はマクロな視点であり、いうなればすべての者が、格差や不平等の対象になる(白波瀬:2010)。この記事を読んでいるあなたも、書いている私も、含まれているのである。







