はっきりとした手応えを感じたわけではありません。あくまで、「この調子で、だんだんピッチを上げていけば」という希望的、楽観的見通しです。

 つまり感情の高揚に頼っています。機嫌よく自分を乗せて、可能性を広げようとしています。

 そういう態度はいかにも気分優先、感情優先人間ですが、わたしは少しも間違いではないと思います。

 なぜなら、機嫌のよしあしという感情が可能性を広げることはたしかにあるからです。

 その日にできたことを「たったこれだけか」と思う人と、「でも、これだけできた」と思う人では、充実感も違えば翌日からの意欲も違ってきます。

「たったこれだけか」と思えば充実感も得られませんが、「これだけできた」と思えばそこに小さな充実感が生まれ、「明日はもっと頑張ろう」という意欲も生まれてくるからです。

「なんとかなりそうだ」という気持ちも、そういう感情がつくってくれるのです。

波に乗れないときは
無理をしない

 なぜ無理をしないほうがいいかといえば、感情回復優先のためです。成果や結果よりも感情コンディションを優先させるためです。

 これは、「ダメなときはダメなんだ」という割り切りですが、だからといって「ダメでいい」ということではありません。

 最低限の目標設定、「これだけはやろう」とか「これだけできればいい」というノルマを課してそれを実行すること。この前提だけは崩せません。

「ダメでいい」というだけなら、いつまで経っても感情コンディションも回復しないからです。

 いわば大波に乗れないときには、小さな波を大事にするという発想です。

 小さな波でもていねいに乗っていけば、少しずつ波に乗る時間が長くなります。それでだんだん調子が出てくれば、大きな波にも上手に乗れるようになります。これは気分優先のように見えますが、最低限の目標を達成して結果を積み上げれば「これだけできた」という事実が残るのですから、決して気分だけではありません。もし調子の出ないときに「こんなときは何をやってもダメだ」とあきらめてしまうとどうなるでしょうか。

 ときどき「気分転換に遊んじゃえ」と思うことがありますね。「どうせ集中できないんだから、やるだけムダだ」という居直りです。