「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営や組織の悩みについて坂田氏に話を聞きながら、同書の考え方を現在進行形の課題へと結びつけていく。
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「配慮」がキャリア形成の障壁になるリスク
――最近、部下に過剰な配慮をするあまり、結果として成長機会を奪ってしまう「ホワイトハラスメント(ホワハラ)」が注目されています。この状況をどうご覧になりますか。
長期的なキャリア形成の観点から見ると、非常に深刻な問題だと考えています。
マネジメントの本来の役割は、部下を「コンフォートゾーン(安住領域)」から引き出し、適度な負荷がかかる「ストレッチゾーン」へと導くことです。人はこの領域で試行錯誤することで、初めて能力を広げていくからです。
しかし、ハラスメントのリスクを恐れるあまり、厳しいフィードバックや高い要求を避けてしまうと、部下は安住領域にとどまり続けることになります。
その結果、日本企業に多い「メンバーシップ型」の環境の中で、社内の役割に適応するスキルだけに依存した働き方になりがちです。そして、こうしたスキルは組織の外では必ずしも通用するとは限りません。
つまり、挑戦の機会がないまま時間が過ぎてしまうと、結果として個人の市場価値が相対的に低下してしまう可能性が高いのです。
AIが定型業務を代替する時代には、このような停滞は将来的な生存リスクに直結します。
心理的安全性は「責任」とセットである
――今の時代、厳しく接することへの心理的なハードルは高いです。マネジャーはどうすれば「健全な負荷」を与えられるのでしょうか?
ここで重要なのは、「心理的安全性」の誤解を解くことです。
Googleが実施した労働生産性に関する調査「プロジェクト・アリストテレス」でも、チームの成果を左右する最大の要因は心理的安全性であることが示されています。
しかし、それは決して「責任のない、ぬるま湯の環境」を意味するものではありません。心理的安全性とは、単に優しい環境ということではなく、「挑戦しても不当に罰せられない」という安心感のことです。
だからこそ、チームの中で高い目標や結果責任を共有することができます。厳しい言葉であっても、それが人格否定ではなく、成果に向けた議論だと理解できるからです。
その前提となるのが、上下の威圧的な関係ではなく、同じ目的を持つ「ヨコのパートナー」としての関係性です。その信頼関係の上に、挑戦と責任のバランスを設計していくことが重要になります。
マネジャーは、何を優先し、何を捨てるかという「判断軸」を明確に提示し、その基準の中で部下に完遂を求めるべきです。整地された道を歩かせるのではなく、失敗を許容する文化の中で、部下自らが困難を乗り越える経験をデザインすべきなのです。
――具体的には、マネジャーはどのような関わり方をすべきでしょうか。
年に一度の面談で、評価結果を伝えるだけのような関わり方では、不十分だと言わざるを得ません。
従業員エンゲージメントと業績の相関についてはギャラップ社の調査等でも広く知られていますが、エンゲージメントを高めるには、日々の継続的な関与が不可欠です。
部下の言動を注意深く観察し、微細な変化に気を払いながら、「このメンバーは今どこで何につまずいているのか」を見極める。そして、プロセスに対してタイムリーなフィードバックを行うことが重要です。
日頃からプロセスに伴走しているからこそ、厳しい基準を伝えたときにも、部下はそれを「自分の成長を願うパートナーからの助言」として受け取ることができます。
工業社会モデルから、自律型モデルへの転換
――AI時代に、部下を「自律型人材」へ変えるための一歩は何でしょうか?
最大のポイントは「答えを教えないこと」です。
20世紀の工業社会モデルでは、上司が持つ「正解」をいかに効率よく部下に実行させるかが重要でした。
しかし、AIが最適解を瞬時に提示する現代において、人間に求められるのは「問いを立てる力」です。
答えを教えることは短期的には効率的ですが、同時に部下から思考する機会を奪ってしまいます。あえて「正解」を伏せ、問いを投げかけ続ける。
根気は必要ですが、そのプロセスを通じて部下が自ら、試行錯誤しながら最適解をデザインできるよう導くことが重要です。こうした姿勢こそが、AI時代のマネジメントに求められるプロフェッショナリズムではないでしょうか。
――ありがとうございました。
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。




