多くのGiverは褒める達人です。普段から他者に対して興味のアンテナを張っていると、相手のことを丁寧に観察し、その人の本質的な部分をきちんと認めて褒めてあげることができます。
みなさんも、「褒められても、なぜか褒められたような気がしない」という経験をしたことがあると思いますが、これは観察なしに、ただのストックフレーズで声かけされた結果です。自分が努力した部分とは違うところを褒められても、「別にそこじゃないんだけどな……」と感じてしまうでしょう。
僕の場合は、よく「さすがプレゼンのプロだけあってしゃべりが上手いですね」などと言われます。もちろん、善意で言ってくださっているのは承知のうえですが、プレゼンの良し悪しは「しゃべり」だけではないので、どこか表面的なところだけを評価された印象をもってしまいます。
調子のいい上っ面の声かけを「褒め上手」と勘違いしている人もいますが、褒めるときは必ず「観察」が先、と心がけましょう。
本人が気づいていない強みを
褒められたときに人は喜ぶ
人が褒められて一番嬉しいのは、本質的かつ「自分でも意識していなかった部分」に光をあてられ、気づきとなったときです。シャドウに隠れていた資質や無意識の積み重ねなどを評価されると、本人にとって大きな発見となります。
僕の身近にあった例を紹介しましょう。
僕が教えている大学の学生たちとゼミ合宿をしたときのことです。ゼミ生のなかに、毎回必ず出席するけれど、とても無口で、表情も固いある若者がいました。
ところがゼミ合宿の夜、みんなで麻雀がはじまると、彼が「僕、教えられますよ」といって、まったくルールがわからない初心者に教えはじめたのです。そのとき彼はひとこと目に、「まずなにをしたい?」と尋ねました。
「同じ模様を揃えたい」「数字を順番に揃えたい」といった答えが返ってくると、彼は、「この模様は揃えられる」「この数字同士は揃えられないよ」と、相手がやりたいことにルールを紐づけて教えはじめたのです。つまり、いきなり複雑なルールを伝えるのではなく、まず相手の意志を尊重し、それをベースにしてやり方を教えていった。
そんな様子を見たかみさんが彼に聞いたところ、かつて小学生にサッカーを教えていた経験があり、小学生相手に複雑なことを言ってもわからないので、まずなにをしたいかを聞き、それに沿って教えたほうが効率的と感じていたそうです。







