その理由の1つとして、アスリートが試合の最中に脳波計やさまざまな機械をつけながらプレーすることが現実的ではないことが挙げられます。一試合一試合が真剣勝負のアスリートにとって、機械を装着して試合に出ることは不可能であり、結果としてデータが蓄積されないのです。

 僕は夏の甲子園で、はっきりとゾーンと言える体験をしました。3回戦の東北高校戦で155キロを計測した試合の途中から、ブラスバンドの応援も一切聞こえなくなり、真夏の暑さも全く感じなくなりました。自分だけの世界に没入できていたのだと思います。

 そして、試合終了と同時に、それまで何も感じていなかった背中の痛みが現れ、呼吸ができなくなりました。校歌斉唱しているときには、もう立てないほどでした。その後、病院に行き、精密検査で左の肋骨(ろっこつ)を骨折していることがわかりました。

 当然、試合中のどこかのタイミングで骨は折れていたはずですが、一切痛みを感じずに投げ続けました。練習試合であれば、すぐに痛みを感じたでしょう。しかし、満員の観衆の前で最後の夏を戦う中で、高度な集中状態を維持していたからこそ痛みを感じなかったのだと思います。後にも先にも、この試合が確信を持って「ゾーンに入った」と言える、唯一の体験です。

ゾーンに入るために必要なのは
「今」と「自分」への集中状態

 前述したように、ゾーンに入る方法はまだ確立しているわけではないのですが、当然、研究が現在も進んでおり、ゾーンに入るために必要な要素がいくつかわかってきたようです。その中でも、「今」と「自分」に集中している状態が、ゾーンに入るために必要な2つの条件ではないかと言われています。

 1つ目の「今に集中している状態」とは、過去の失敗や、これから起こるかもしれない結果に対する不安などを一切感じず、ただひたすら、今この瞬間に意識を向けている状態です。勉強や読書、ゲームなどに没頭しているとき、時間の感覚を忘れて、気がついたら休まずに長時間やり続けていたという経験を誰もがしたことがあると思います。