重要なのは、こうした知が単なる伝統の再生産にとどまらず、日々の繰り返しのなかで状況に応じた新たな判断や工夫を取り込みながら変化し続けているという点です。このような柔軟で開かれた構造を持っているからこそ、将来的には、ハイテク機械やデジタル技術と組み合わされることで、新しいかたちの知が立ち上がってくる可能性さえあるのです。
しかしこのような知は、農家の間でも近年、農業を見える化する、科学的知見を取り入れるといった文脈の中で、しばしば「属人的で再現性がない」として否定されるような傾向があります。しかし私は、その逆だと考えています。
こうした知こそが農業の再現性、つまり「自然環境の変化に柔軟に対応できる力」を支えてきたと考えています。AIやIoTがいかに進化しても、自然を完全に予測することはできません。だからこそ、決まったルールだけで動く機械では対応できない「微差」への柔軟な判断が、これからも求められ続けます。
『コメ関税ゼロで日本農業の夜は明ける』(野口憲一、新潮社)
AIはむしろ、こうした暗黙知を補い、可視化し、次の世代へと橋渡しするためにこそ使われるべきものです。暗黙知のデジタル化は、それを形式知に変換することが目的ではありません。むしろ、その「曖昧さ」や「揺らぎ」を受け止める形で保存し、他の現場でも再現・検証可能な形で残していくことに意義があるのです。
最後に強調しておきたいのは、こうした暗黙知とハイテクの共進化は、農業に限らず、他の産業にも共通する課題であるという点です。技術が進歩する時代において、人間の判断力や経験を「不要なもの」として扱うのか、それとも「技術とともに高めていくべきもの」として位置づけるのか。そこでは社会全体の設計思想が問われています。
農業は、人間の判断と自然との関係の中で成り立ってきた営みです。そして、この本質は今後も大きく変わることはないでしょう。むしろ、テクノロジーが進化すればするほど農家の持つ知、すなわち「農家のソフト」の重要性が、かえって浮き彫りになってくるはずです。







