だが、別のカルテルと接触しただけで“裏切り者”として処刑される。

「ジャーナリストでも例外じゃない。今のメキシコでは、“誰に話したか”だけで死ぬんだ」

 これが、メキシコの“言論空間”の現実だ。

「そして国境。全長3000キロの国境には、無数の“抜け道”がある。いや、正確に言えば“抜け道を作る力”がカルテルにはある」

 壁があろうと、監視があろうと、構造を知っている者は越えてくる――金と暴力の力で。

 ここで、ガブリエルは一瞬だけ間を置き、トーンを落としてこう言った。

「コカインの価格差、聞いたことあるか?」

 この話には、数字の説得力がある。

「例えば、コロンビアで生産された1キロのコカインは、メキシコに着いた時点で“4キロ”になる。つまり、混ぜ物でかさ増しされてるわけだ。

 さらにティファナに着く頃には8キロ。

 ヒューストンに届く頃には10キロになってるかもしれない。

 混ぜ物で総量は増えてるのに、価格もどんどん跳ね上がる。下手すると40倍、50倍。

 アメリカ人は、それを“純度の高いブツ”としてありがたがって買ってる。中身が薄まってるなんて知らずにな」

 つまり、“薄めた分だけ儲かる”のが麻薬ビジネスの基本構造だ。

 この一連の説明を聞いて、あらためて思い知った。

 麻薬とは、暴力の道具であり、政治の取引材料であり、そして何より、最高効率で“金”を生むビジネスツールであるということを。

 車は熱帯のジャングルに近づきつつあったが、頭の中ではまだ、ガブリエル教授の講義が続いていた。

 知ることで、見えるものが変わっていく。

 これが、麻薬戦争の地を歩くための最低限の準備だった。

メキシコはコカイン生産国
ではなく“中継加工拠点”

「メキシコでは、様々な麻薬が作られているのは本当か?」

 そう尋ねると、ガブリエルは静かにうなずき、簡潔に答えた。

「本当だ。ただし、“作られる”と“加工される”の違いがある」

 メキシコで扱われている麻薬は大きく4つ。マリファナ、フェンタニル、メタンフェタミン、そしてコカイン。

 だが、ここで重要なポイントがある。

「コカインは“製造”しているわけじゃない」

 彼の口調が少しだけ強くなった。

「メキシコではコカの葉が採れない。だから、コロンビアなど南米から運ばれてきたコカインに、混ぜ物をして“かさ増し”する加工だけをやっている。純粋な精製施設は存在しない」