つまり、カルテルはあったが、組織も規模も小さく、コカインやその利益の大きさすら知らなかったのだ。

「そこに登場したのが、ミゲル・アンヘル・フェリックス・ガジャルドだ」

 ガブリエルはここで、明確に声のトーンを変えた。

「この男がすべてを変えた。フェリックスは、メキシコにあった複数の組織を“連合”としてまとめ上げ、こう言った。“みんなでコカインをアメリカに運ぼう。分け合えば、儲かる”」

 これが、メキシコのカルテルが“物流拠点”から“中継国家”に成長する起点となる。

 だが、その連合は長く続かなかった。

アメリカを本気で怒らせた
1人のDEA捜査官の死

「1985年――カルテルの歯車を狂わせたのは、1人のDEA捜査官の死だった」

 彼の名前は、エンリケ・“キキ”・カマレナ。元・海兵隊員で、メキシコ育ち。DEAに入った彼は、グアダラハラでカルテルの実態を暴こうとしていた。

「キキが摘発したのが、“ブファロ農園”─当時最大規模の大麻畑だった」

 これで火がついた。

 グアダラハラ・カルテルの中枢─フェリックス、カロ・キンテロ、フォンセカ・カリージョは、キキを拉致し、拷問の末に殺害した。

 遺体には骨折と電気ショックの痕、さらには“拷問の音声テープ”まで残されていた。

「この事件が、アメリカ政府を本気で怒らせた」

 そして始まったのが、“伝説作戦”。

 DEAが報復に動き、フェリックスを含むカルテル幹部が次々に逮捕された。

「このとき、“連合”は崩れた。カルテルの力のバランスが崩れたんだ」

 その空白を突いて出てきたのが、アマド・カリージョ・フエンテス。

「空の王」と呼ばれた男だ。

「アマドはプライベートジェットで麻薬を運んだ。直接、パブロと取り引きを始めたんだ」

 すると今度は、ティファナ・カルテルもパブロとつながる。

 バラバラに直接取り引きを始めた結果――“連合”のカルテル同士が内輪もめを始めた。

『ナルコトラフィコ』書影ナルコトラフィコ』(丸山ゴンザレス 講談社)

 そして、その混乱の中で台頭してきたのが、エル・チャポことホアキン・グスマンだった。

「こうしてメキシコの“ボスの世代交代”が始まったんだ」

 最後にガブリエルは言った。

「いま、“メンチュ”がトップにいるとは言われているが、勢力はパブロやフェリックスの時代とは比べものにならない。あの時代は、麻薬ビジネスが“国を動かした時代”だったからな」

 それだけ言うと、ガブリエルは黙った。