ところが、その努力を怠っている企業は少なくないのです。
その最大の理由は、企業側に「採用段階で自社のネガティブな実態や厳しい内情を正直に伝えてしまうと、候補者が逃げてしまい、採用目標を達成できなくなる」という強い恐れがあるからです。
良い面だけを伝えて入社させる。しかし結果として、ギャップにショックを受けた新入社員が早々に辞めていくという悪循環が続きます。
採用にかかるコストは決して小さくありません。内定者フォロー、研修費用、懇親会、場合によっては引っ越し補助――入社までに双方が費やす時間や費用などのリソースを考えると、スピード退職はどちらにとっても大きな損失です。長期的に見れば、入社前に候補者が自分で見極めてくれたほうが、双方のコストをはるかに低く抑えられるのです。
スピード退職で悪いのは
企業と新入社員、どちら?
では、こうしたスピード退職について、企業と社員のどちらに非があるのでしょうか。
まず、企業側の問題は、都合の悪い情報を隠したまま採用することです。候補者は正確な情報に基づいて判断する権利があります。それを奪う採用は、長期的には企業にとっても損失です。
社員側の問題は、3日という短すぎる時間で職場を「合わない」と判断してしまうことです。人間関係や業務は最低でも1、2カ月、働いてようやく実態が見えてきます。
最初は感じが悪いと思っていた上司が、実は誰よりも丁寧に指導してくれる人だったというようなことはよくあります。希望と違う部署に配属され、退屈だと思っていた業務も続けるうちに少しずつ面白くなることもあります。3日では、会社を判断するスタートラインにさえ立てないのです。
ショックを受けて反射的に辞めてしまうことは、その後のキャリアにも確実に影響します。
転職先の面接では「前職はなぜ4月入社・4月退職なのか」と必ず聞かれます。仮に「前の会社でブラックな仕事に手を染めさせられて」と言ったとしても、面接官は表面では「それは大変でしたね」と言いつつ、その人の評価を下げることがほとんどです。
もちろん、入社初日から違法行為を求められたり、明らかなハラスメントを受けたりした場合は話が別です。しかし、仕事内容が想像と違った、会社の雰囲気が合わなかった、上司が怖そうに見えた――こうした「第一印象」だけで辞めるのは、見切りが早すぎます。少なくとも数週間、できれば3カ月は様子を見てから判断すべきです。
したがって、超スピード退職において企業と社員のどちらが悪いのかという冒頭の問いに対する、私の答えは「両方悪い」です。
ミスマッチを防ぐ「RJP」
成功させる2つの工夫
企業側の改善策として有効なのが「RJP(Realistic Job Preview)」、すなわち「実際の仕事情報の事前開示」です。
仕事の良い面だけでなく、大変な部分や社風の課題といった悪い面もすべて開示し、それでも納得して応募した候補者を採用していく考え方です。
早期離職を防ぐために生まれた概念で、採用コンサルの世界では標準的な手法です。ただし、実践には2つの工夫が必要です。
1つ目はタイミングです。選考の最初からネガティブな情報をもたらすのは、さすがに逆効果です。
たとえばお見合いの初対面の席で「実は借金が5000万円ありまして」と告白したら、おそらく次に会ってもらえることはないでしょう。
同様に、候補者がある程度自社のファンになってきたタイミングで課題を誠実に伝えることが大切です。そのとき候補者は「ここまで本音で話してくれているんだな」と感じるでしょう。
2つ目は伝え方です。デメリットの裏にあるメリットとセットで伝えるのです。
同業他社より基本給が低いことを説明するとき「その分の原資を社員の教育費に回しており、海外研修も充実しています」とメリットも併せて示すのです。
また「この仕事はきつい部分もあるが、あなたならできるのではないか」という問いかけは、候補者の意欲を引き出します。
この2つの工夫を実践するには、採用担当者が自社の実態を正直に把握し、語る覚悟を持つことが前提になります。「正直に言ったら来てもらえない」という発想でいる限り、RJPは機能しません。「正直に伝えても選んでもらえる会社にする」という覚悟と、それを支える経営陣の理解が必要です。採用の誠実さは、会社のブランドにも直結します。
RJPの限界と
「多産多死モデル」の真実
ただし、RJPは万能ではありません。事前に「うちの仕事はハードですよ」と伝えて「大丈夫です」と答えた候補者でも、入社後に「やっぱり無理だった」ということは起こりえます。
また、何万人も社員がいる大企業では誰が上司になるかによって環境が大きく変わります。そうした人間関係の相性まで人事が完全にコントロールできません。対人関係のリアリティーショックはRJPでは防ぎきれないのです。避けられるリアリティーショックと、避けられないリアリティーショックを区別して考えることが大切です。
実は、スピード退職を前提として織り込んだ採用戦略として「多産多死モデル」というものがあります。大量に採用して厳しい環境に適応できた人だけを残すという、一種の適者生存モデルです。
一部の不動産営業の会社などでは「1日内定」をうたうイベントで大量に採用します。しかし、成果が出なければインセンティブがほぼつかず、給料が著しく低くなるという給与構造になっていたりします。20代で1000万円を稼げるチャンスを喧伝(けんでん)することがセットになることも多いです。
これは経営戦略としては成立しますが、働く側がそれを理解したうえで入社するケースはほとんどありません。
日本の労働市場では、ひとつの会社に長く勤めることが美徳とされる文化が依然として根強く残っています。
そのため、多産多死モデルにおいて、働く側が「転職のステップアップに会社を利用する」という心構えで、企業と対等に渡り合うことにはなりにくいのです。
結局、スピード退職を減らしたいなら、企業はRJPを丁寧に実施して候補者に正確な期待値を持って入社してもらうことが近道です。そして社員側も、入社直後の感情や第一印象だけで判断するのではなく、少なくとも数カ月は腰を据えて見極める姿勢を持つことが大切です。








