均衡点が刻々と移動している

 地政学は揺れ、AIは労働の意味を塗り替え、サプライチェーンも雇用も、かつての「前提」が崩れつつある。今起きていることは、景気の循環ではない。均衡点の絶え間ない移動だ。こうした時代に、個人はいかに動くべきか。大きく分類すれば、次の3つの戦略がある。

戦略1:大きな組織に身を置く

 国家、大企業、巨大プラットフォーム――まず、規模のある組織に身を寄せるという選択だ。

 変化の激しい時代にあって、「結局、大企業が最も安全ではないか」という声は、説得力がある。先ほどの大手メーカーの40代の管理職はこうも語った。「AI導入も、データ基盤の整備も、セキュリティ対応も、すべて会社が面倒を見てくれます。どれも個人の力では到底対応できない規模です」。

 その通りだ。地政学リスクが高まれば、輸出規制への対応、制裁への準拠、データのローカライゼーション、サプライチェーンの抜本的な再設計が求められる。これらはいずれも莫大な固定費を伴う。AIも同様で、モデルの導入、データ基盤の整備、監査体制の構築、倫理設計――すべてにコストがかかる。

 この戦略のメリットは、収入の安定、変化対応コストの組織的な吸収、ブランド信用の活用、情報へのアクセス速度、そしてAI投資の共同負担にある。カオスの時代に「変化への対応力」が競争優位の源泉になるとすれば、その対応コストを組織が引き受けてくれる環境を選ぶのは、合理的だ。

 ただし、弱点も明確だ。意思決定の主導権は自分にはなく、組織の判断ミスに巻き込まれるリスクがある。大きな構造は急旋回できず、自らの市場価値が「会社込み」で評価されやすくなる。会社でやっていた自分の業務自体が、新しい環境下においてまったく不要のものになる可能性すらある。

 大きな船は沈みにくい。だが、どこへ向かうかを自分で決める権限はない。

戦略2:個として生存領域を構築する

 これとは逆に、AIを武器に独立する人、特定分野への造詣に根ざし、専門特化することを選ぶ人など、大組織の外に出る選択肢もありうる。

 あるコンサルタントはこう述べる。「組織に属するより、AIを活用して一人で動いたほうが圧倒的に速い」。
彼は資料作成、データ分析、提案書の作成まで、一連のプロセスをAIで半自動化している。個人の「処理能力」は確実に拡張されつつある。

 メリットは、意思決定の速さ、方向転換の自由度、AIによる生産性のレバレッジ、そして再編途上の市場に生まれる「すき間」へのアクセスのしやすさだ。

 一方で、負荷も大きい。信用は1から積み上げなければならず、収入は変動する。AIの普及によって「誰でもできる領域」は拡大し、差別化の難易度は上がる。孤独との戦いもある。そして常に自己更新を求められる。

 自由は魅力的だ。しかし、足場は自分で築くしかない。失敗したとしても、誰も助けてくれない。