止められない核開発

 トランプ大統領は「核施設の破壊」を宣伝するが、米国防情報局(DIA)の初期評価は冷ややかだ。「開発を数カ月後退させたに過ぎない」というのが現実的な見方である。

 さらに深刻なのは、イランが攻撃直前に高濃縮ウランを隠蔽(いんぺい)した可能性だ。機密施設へ移送されたとされる核物質の所在は不明で、IAEA(国際原子力機関)がイランから退去させられた今、その検証は不可能に近い。

 核の脅威を取り除くための攻撃が、結果としてイランをNPT(核兵器不拡散条約)脱退の瀬戸際へと追い込み、核管理体制を「ブラックボックス化」させた。

 これは国際社会にとって、戦争前よりも危険な状況を招いたと言わざるを得ない。

イスラム体制と二つの軍隊の亀裂

 ハメネイ師の死去と空爆による混乱は、イラン国内の体制を根底から揺さぶっている。後継者に指名されたモジタバ・ハメネイ師の重体説が流れる中、経済制裁によるインフレ率は42%を超えた。高まる民衆の怒りは治安機関との衝突へと発展し、3000人以上の死者を出す惨事となった。

 ここで注目すべきは、イランが抱える「二つの軍隊」の対立だ。

 革命体制を守るエリート集団「革命防衛隊(IRGC)」と、45万人の兵力を抱える正規軍「アルテシュ」である。今回の戦争中、革命防衛隊が正規軍の負傷兵搬送を拒否するなど、両者の亀裂は決定的となった。

 米軍が革命防衛隊の施設を徹底的に叩く一方で、石油インフラや正規軍の拠点への攻撃を抑制した事実は興味深い。アメリカは、革命防衛隊という「既得権益集団」を解体し、アルテシュを「体制変容後の統治主体」として温存しようとしたのではないか。

 1979年の革命時、帝国軍の中立宣言がパフラヴィー体制崩壊の引き金となったように、正規軍が国民側に立てば、イランは外部からの圧力ではなく、内部崩壊による劇的な変容を遂げる可能性がある。

停戦後に始まる「本当のイラン戦」

 4月10日から始まったパキスタン仲介の交渉は、単なる終戦交渉ではない。それは「新しい中東秩序」の設計図をめぐる、米・中・イランの三つどもえの戦いである。

 たとえ停戦が成立したとしても、イランは「制裁解除」と「賠償」を求め、アメリカは「核の完全解体」と「ホルムズの自由航行」を譲らないことは間違いない。

 ただし、本当に注視すべきは中国の動向だろう。中国は軍事的にはイランを救えなかったが、経済・情報インフラを通じて体制を延命させ、さらに「ホルムズ海峡の人民元決済」という地政学的な果実を手に入れようとしている。

 この戦い方は、台湾統一を見据える中国にとっての「予行演習」として一定の貢献を果たしたと見るべきだろう。

 アメリカは「非米圏ネットワーク」の完全解体という目標を達成できず、イランは体制崩壊のリスクを抱えながらも、核と海峡という二つの抑止力を持ち越した。

 今回の戦争は「痛み分け」というしかないが、そこにはアメリカの誤算やイランの不安定化とともに、中国やロシア、NATO加盟国などの思惑が加わっており、さらに長期的に見なければ、この戦いの本当の「勝敗」はまだ決していないと言うべきだろう。

(評論家、翻訳家、千代田区議会議員 白川 司)