信長が足利義昭に突きつけた「殿中御掟」の狙い
こうした問題に対応するため、信長は永禄12年に「殿中御掟」を制定します。これは1月14日に発布された九カ条と16日に発布された七カ条の、計十六カ条から成る法規です。
殿中御掟の主な内容は、幕府内部の統制強化と訴訟制度の整備でした。
「訴訟は、先例に基づいて処理すること」「奉行人以外の介入を禁じること」「賄賂による不正を排除すること」などが明記されており、また、訴訟の長期にわたる放置や恣意的な判断も禁止されました。
特に重要だったのは、将軍への直訴を禁じ、必ず奉行人を通じて訴訟を行うよう定めた点です。これは将軍個人の裁量による介入を制限し、あくまでも法に基づいた制度的な統治へ移行しようとする意図を示していました。
ところが、足利義昭はこの「殿中御掟」を認可する花押を自ら記しながら、これを守る気配はまったくありませんでした。
足利義昭(演:尾上右近) (C)NHK
「五カ条の条書」の目的は「将軍から権力を奪う」ではなかった?
そこで信長は、翌永禄13年(1570)に、この改革をさらに推し進めた「五カ条の条書」の発布を義昭に求めました。内容は以下の通りです。
「将軍の発給する御内書に、信長の添状を必要とすること」
「過去の下知を整理し、義昭が再決定すること」
「恩賞不足は信長の領国から補うこと」
「信長が将軍代理として政務を統括し、将軍側近の介入を禁止すること」
「将軍が、朝廷の儀式や改元をきちんと行うこと」







