退職代行サービス「モームリ」の創業者谷本慎二氏は、同社への依頼のうち、明らかに企業側に問題があるケース(パワハラ・セクハラ・不正への加担など)が2割、働く側の個人的な事情によるものが2割、残りの6割は両者のコミュニケーションのすれ違いによるとインタビューで語っています(プレジデント・オンライン 2025年7月7日)。

 この数字は、私が人事コンサルタントとして多くの現場を見てきた感覚とも一致しています。とりわけ、退職に至る人の半数以上が、適切なコミュニケーションを取れていれば、退職を防げた可能性があるという点はリアルで納得がいくものです。

 上司は「急に連絡がきた、全然知らなかった」と言い、部下は「ずっとサインを出していたのに気づいてもらえなかった」と言う。どちらの言葉にも嘘はありません。

 上司と部下の間に、日常的なコミュニケーション不足や些細な認識のズレが生じ、それが蓄積していく。その延長で、辞めたいという意思が言葉にされないまま、鬱屈(うっくつ)を溜め込んだ部下が代行業者に駆け込んでしまいます。

 企業は採用・育成にかけたコストを無駄にし、社員はキャリアを深く考える機会を失う。双方にとってもったいない事態が生じているのです。

安易に利用する人は
同じ失敗を繰り返す

 入社と退職は、どちらも人生とキャリアに関わる重大な意思決定です。会社に退社の意思を伝えることには、ある程度のハードルがあります。

 しかし、そのハードルを越えようとする過程で、「本当に今の会社でできることをやり切ったか」「なぜ辞めたいのか、根本的な理由は何か」「次の会社でも同じ問題が起きないために自分は何を変えるべきか」という問いと真剣に向き合う機会が生まれるのです。

 退職代行は手続き上のハードルを取り除いてくれますが、そうした問いにまつわる自分自身との対話も一緒に省略することになります。

 問題の原因を特定せず、環境だけ変えても何も解決していません。次の会社でも同じ状況に陥り、また代行を使ってしまう――このような構造が退職代行を使うと「キャリアが終わる」と言われる所以(ゆえん)です。
生成AIをはじめ、代行サービスは煩雑な手続きをショートカットしてくれる意味では有用です。しかし本人が思考すべき問いまでショートカットしてしまうのは問題です。

 私はよく、退職するかどうかを考えるときには、入社を考えるのと同じくらいエネルギーを注ぐべきだと伝えています。入社時には、企業研究をして、OB・OGに話を聞いて、何度も自問するというプロセスを経るのに、退職は一時の感情で決めてしまいがちです。

 一方で、代行サービスを使ってでも即座に逃げるべき状況が存在することも事実です。

 明確なパワーハラスメント、セクシャルハラスメント、違法行為への加担を迫られること、そしてそれらを人事部門に訴えても動いてもらえないケースなどです。この場合、代行サービスを活用して自分を守ることに何ら問題はありません。

 また、退職代行を使うかどうかは別として、精神的に追い詰められていて、限界に来ているなど、一度仕事を離れてキャリアブレイクをするほうがよい場合もあります。