「本業の碍子部門も注文が減る一方で、給料は遅配が当たり前。おまけにオーナー一族は内輪もめをしているし、労働争議も頻発していましたから、とても会社に希望が持てなかったのです」

 こんな会社、早く辞めよう――。そう決意した稲盛だったが、これまで受験に就職と、人生の転機でうまくいった試しがない。

 転職も同様で、いつの間にか機を逸していたらしい。気づけば同期がみな辞めていくなか、稲盛だけが残ってしまった。

 絶望的な状況だが、稲盛はここで、思い切って発想を転換する。こんなふうに考えることにしたのだ。

 汚い寮にいるから、気分も落ち込むんだ。研究室で実験漬けの暮らしをしよう。厳しい環境から逃げずに、逆にそこに自分を追い込もう――。

 それ以来、稲盛は寮に帰らずに研究室に泊まり込むようになる。どうせやるなら、とことんやる。そんな決意が稲盛の行動を変え、習慣を変え、やがて物事の見方を変えた。

 このときの心境の変化をのちに、こんなふうに綴っている。

「すると、不思議なことに、すばらしい実験結果が出るようになったのです。そうなると、仕事がおもしろくなってきます。不平不満をこぼしている暇もなく、努力すること自体が快感になってきます。上司にも褒められます。ますますやる気が出て、さらに努力を重ねます。またいい結果が出ます」

「今日限りで辞めます」
上司の言葉にプッツン退社

 稲盛は「フォルステライト」という新しいセラミック材料の合成に成功。入社2年目にして、特磁課の主任へと昇格を果たす。

 あれだけ嫌だった職場に、京都の職業安定所で探した人材を連れて来ては、こう熱弁を振るった。

「このセラミックス部品がなければブラウン管はできない。われわれは今、東大でも京大でもできないような高度な研究に従事している。実践なくしてセラミックスの本質はわからない。すばらしい製品を世に送り出そうではないか」

 愚痴ばかり言っていた自分から卒業した稲盛。自分の置かれた状況を受け入れて、ベストを尽くしたことで、多くの仲間を叱咤激励するリーダーへと成長することができたのである。