「こういうの面白いよね」と何気なく思ったツイートが数万リツイートされたことに驚き、それとは逆に「皆に知ってほしい」と思って工夫を凝らした告知がほとんど拡散されなかったことが何度もあります。
この現象を何度も目の当たりにするうち、私はある重要な事実に気づきました。そしてこの話は、漫画家を志す新人の方に出会うたび、必ず伝えるようにしています。
それは、
「読者に何がウケるのか、描いた本人だけには、まったくわからない」
ということです。
作品のクオリティを高めるためには
他者の意見が欠かせない
バズった投稿を見た人からすれば、「いやいや、こんなに面白い投稿、そりゃ拡散されるに決まっているじゃないか」と思うでしょう。私も第三者の立場から見ればそう感じます。
けれど、描いた本人だけには、なぜそれがウケたのかが、まったくわからないのです。まるで呪いにでもかかったように。
私はこの感覚を、ギリシャ神話に登場するトロイアの王女であり予言の力を授かったカッサンドラにたとえることがあります。彼女は「未来を正確に予言できるが、誰にも信じてもらえない」という呪いをかけられました。
それと似たように、創作者は「面白いものを生み出せるのに、それが面白いと評価されるかどうかだけは予測できない」という不可思議な呪いを背負っているというわけです。まったくやっかいな感覚です。では、そんな状況の中で創作者はどうすればいいのでしょうか。
答えは明確です。
「他者と相談しながら、作品のクオリティを高めること」
これしかありません。自分ではまったくわからないのだから、他者に聞くしかないのです。
「好き」は創作の核になりますが、表現活動の多くは1人で完結するものではありません。漫画であれば編集者、映像制作であればプロデューサーやディレクターなど、他者とのやりとりの中で作品は育っていきます。
「好き」は自分だけのものです。誰かに決めてもらうことも、譲り渡すこともできません。だからこそ創作では、自分で決める部分と他人の意見を取り入れる部分の境界線を、はっきりさせておく必要があります。







