不倫コンテンツが流行るのは
憧れの気持ちがあるから?

 不倫ドラマや不倫小説、楽曲などは、定期的にヒットしています。ドラマ「金曜日の妻たちへⅢ・恋におちて」やその主題歌「恋におちて-Fall in Love-」(歌:小林明子)、ドラマと主題歌が同タイトルである「ポケベルが鳴らなくて」(歌:国武万里)、渡辺淳一の小説が大ヒットし映画化・ドラマ化された「失楽園」、ドラマタイトルが2014年新語・流行語大賞の候補にもなったドラマ「昼顔」などは、大きな話題になりました。

 いつの世もこれほど不倫ドラマがヒットするのは、みんな心のどこかに、不倫に対する憧れがあるからではないでしょうか。

 憧れがあるけれど、倫理的にはやってはいけないからやらない。それなのに有名人がやっている。すると内心で羨ましいと思いつつ「許しがたい」という感情が湧いてきて、過度なバッシングをしてしまう、というわけです。

 かつて「不倫は文化」という言葉が日本で話題になりましたが、海外ではまさにその通りかもしれません。

不祥事を笑いに変えていた
フランスと昭和の日本

 2012年から17年までフランス大統領だったオランド氏は、事実婚をしていたのに、在任中の14年に女優との密会が報じられ、世界中で騒がれました。しかし本人は、「プライバシーの侵害を遺憾に思う」と発表するだけでした。フランスでは民法で「個人の私生活は尊重されるべきである」と定められているのです。

 そして、スクーターに乗って彼女のアパルトマンに向かうオランド大統領の写真がゴシップ誌に載ると、国民は「大統領、情熱的で素敵!」と盛り上がり、特に問題視されませんでした。さらには「スクーターなんかで行くから、顔バレしてしまうんだよ」などと反応し、フランスのレンタカー会社は「大統領、次に彼女に会いに行くときには我が社のレンタカーをお使いください」という広告まで出しました。日本の反応とは全然違いますね。

 1981~95年にフランス大統領だったミッテラン氏は、妻以外の女性と家庭を持っていることが暴露されたときに、記者たちから「大統領は結婚しているのに、別の女性との間に隠し子がいるんじゃないですか?」と追及されたら「それで?」と一言答えただけで、あっという間に幕引きしました。

『法で裁けない正義の行方』書影法で裁けない正義の行方』(池上 彰、主婦の友社)

 とはいえ日本も、昭和の政治家はおおらかでした。鳩山一郎、大野伴睦らとともに自由民主党の結党に尽力した、三木武吉という保守政治家は、演説会でライバルから「愛人が4人もいるじゃないか」と追及された際に「4人ではなく、事実は5人であります」「いずれも年を取ったが、これを捨て去るごとき不人情はできませんから、みな今日も養っております」と言い放ちました。聴衆が感心して、笑いと拍手に包まれたことは有名です。

 また、社会党から右派が飛び出して作った「民社党」の委員長を務めた、春日一幸も、週刊誌で「3人の愛人がいる」と書かれると街頭演説の場で「本当は5人」と発言しました。

 大野伴睦にも愛人がいました。亡くなったとき、葬儀に出席できない愛人のために、大野伴睦の番記者だった読売新聞の渡邉恒雄が遺骨を拾って愛人に渡したと、渡邉自身が美談として本に書いています。

 日本でも、不倫に寛容な時代があったというわけです。