絶対に言ってはいけない…粉飾決算を招く“会議のNGワード”とは?画像はAIで作成したイメージです
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第4段階 主体の置き換え

 いよいよ処理に入る段階で、人は一度だけ立ち止まる。だが、そこで持ち上がるのは抵抗ではなく、説明である。「上からの指示だから」「自分は従っているだけ」。意思決定の主体を上位者に押し上げ、自分は単なる実行者に降りる。そう思えた瞬間、責任の重みは肩から少し外れる。自分は決めていないという認識の修正が、手を動かす最後の後押しになる。

第5段階 責任の置き換え

 しかも、この処理はたいてい個人ではなく、チームで進む。リーダーは「調整しよう」と言っただけ、経理が数字を動かし、事業部が説明を整え、監査対応が形式を整える。全員が関わる。だが、誰も全体の責任を引き受けていない。各人とも自分の役割の範囲だけを見ており、不正は確かに組織内に存在しているのに、個人の中には定着しない。悪事が行われているのに悪いことをしたという感覚が十分沈殿しない。これが組織的不正の恐ろしさである。

第6段階 時制の置き換え

 処理が終わると、安心が訪れる。そしてその安心は、出来事の意味そのものを書き換える。「来期には戻す」「一時的なズレにすぎない」「長い目で見れば結局同じ」。時間軸が都合よく操作される。いずれ辻褄が合うのなら、今の無理は本質的な問題ではない。未来の正常化が現在の逸脱を正当化し、不正は本人たちの主観の中で「軽微な調整」へと格下げされる。

第7段階 原因の置き換え

 さらに進むと、原因は外へ移される。「投資家は短期志向すぎる」「銀行は数字しか見ていない」「監査法人は解釈が硬すぎる」。こうした論法によって、いつの間にか自分たちは加害者ではなく、理不尽な環境に追い込まれた側なのだと感じられてくる。加害者意識よりも被害者意識が強くなったとき、不正は道徳的にかなり安定する。自分たちは悪いことをしているのではなく、不合理な環境の中でやむなく対処しているだけという感覚になる。そうなると、不正はもはや逸脱ではなく、必要な行為のように感じられる。

最後に消えるもの

 7つの置き換えが行われた先に、数字の向こうにいる人間が視界から消えていく。

「投資家」とはこの決算を前提に資金を投じた一人ひとりであり、「銀行」とはその財務内容を信じて融資判断を下した担当者であり、「取引先」とは継続企業としての信用を前提に契約や発注を積み上げた相手である。

 この関係が見えなくなった瞬間、組織はためらいなく数字を動かすようになる。そして本人たちはなお、自分が何をしているのかを正確には理解していない。数字だけを動かしているつもりで、実際には他者の判断の前提を書き換えてしまっているのである。