では、どこで踏みとどまれるのか
道徳的離脱への対抗策は、「もっと倫理意識を高めよう」という方向で考えられがちだ。だが、それでは足りない。もともと善意の人が、善意のつもりのまま悪にむけて滑走しているのだから、対策もまた構造の側に打たなければならない。介入できる場所は、大きく3つある。
まずは、第1段階の目的の置き換えが起きる瞬間である。
「守るかどうか」にすり替わる前に、「これは不正かどうか」を明示的に議題に乗せる仕掛けが必要だ。財務責任者とは別に法務・コンプライアンス担当が、「適法性について意見を述べる義務を持つ参加者」として会議に加わる設計がその1つだ。
「調整しよう」という言葉が出た瞬間に、「それは調整の範囲に入るか」という問いが自動的に生まれる環境にしておくのだ。
次の介入点は、第2段階の言葉の問題である。
「売り上げの時期調整」といった表現が使われ始めたとき、それを正確な会計用語に翻訳し直す役割を、誰かが制度的に担っている必要がある。議事録や稟議書の表現を定期的にチェックし、AIを活用してあいまい表現を可視化する仕組みも有効だ。言葉が浄化されると思考が変わる。逆に言えば、言葉を正確に保てれば、思考はそう簡単には変わらない。
第3の介入点は、第5段階の責任の希釈への対処である。「組織として判断した」という形式にするのではなく、「誰がこの処理を提案し、誰が承認し、誰が実行したか」を個人名と理由とともに書面に残す。自分の名前が残る前提なら、「従っているだけだ」とは思いにくくなる。
構造の根にあるもの
しかし、3つの介入を行っても、未達が許容されない環境が残る限り、粉飾決算は繰り返されるだろう。最終的には、「未達を正直に出した人間」と「数字を整えて見せた人間」のどちらを組織が評価するか。未達を報告した人間が能力不足と見なされ、数字をつくった人間が有能と見なされる評価基準のもとでは、「調整しよう」という一言は何度でも生まれる。
早い段階で問題を顕在化させた人間を評価し、無理な計画は無理だと認め、撤退すべき事業からきちんと撤退する組織であれば、不正の滑走路そのものが短くなる。
粉飾決算を防ぐ鍵は、道徳教育よりも、未達と撤退をめぐる経営の設計にある。無理な目標を掲げ、未達を許さず、撤退を敗北としか扱えない組織では、責任感のある普通の人ほど数字をつくってしまう。不正を止めるのは、勇気ではない。勇気を必要としない構造である。それを作れない組織では、いずれ誰かが、善意のまま滑走し、気づいたときにはもう戻れなくなっているのだ。







