それとは対照的に、以前にも増して、信仰心を深めることが多いように思われる。そして彼女らは言う。「イスラームは良い宗教だ。にもかかわらず、それを濫用する人がいる」と。

男性と同等の権利を行使すれば
余計な義務と負担がのしかかる

 サウジアラビアで調査を始めた2000年代前半、私は当時の欧米メディアが注目していた女性の自動車運転禁止についてサウジ人女性に聞いてみようと質問を準備した。

 当時、女性の運転解禁をめざして運動をしていた女性は、もちろん女性のみが自動車の運転を禁じられていることに憤りを感じていた。

 だが、一般の女性たちは、私の先入観に満ちた質問の穴を、丁寧かつ論理的に説明してくれた。「なぜ、運転ができないことが問題だと感じるのか」と質問し返されることもあった。

 米国での生活経験のある女性は、「米国の女性のように、仕事をもって、買い物もして、子どもの送迎も負担しなければいけないなんて大変すぎる」と答えた。

 別の女性は、「運転手を雇えるのに、なぜ、自分が運転手にならなければならないのか」と答えた。日本に住んだことがある女性は、「日本の都市部のように公共の交通機関を整備すれば、自動車を運転する必要はない」と言う。渋滞や交通事故が多いことに鑑み、「女性に負担を負わせるべきではない」といった意見も多かった。

 これらの回答は、いずれも部外者である私の盲点を突いている。すなわち、部外者である私たちは享受しているのに、サウジ人女性が享受できていない点に執着しすぎるあまり、他の生活条件を考慮せずに先入観で質問に臨んでいたということである。

 トルコを中心とするジェンダー研究に携わってきたデニーズ・カンディヨティは、1988年に発表した論文で、中東地域の女性たちは、家父長制に立ち向かうのではなく、むしろ家父長制を温存しながら、既存の枠組みの中で権力交渉を試みるという戦略性を明らかにした。

『「世界を動かす宗教」講義』書影「世界を動かす宗教」講義』(池内 恵、PHP研究所)

 貨幣経済が浸透し、女性も家庭外で働いて現金収入を得ることが期待された際、女性たちは仕事と家事との二重負担に苦しむよりは、母として、そして子どもたちが成長すれば祖母として尊敬され、家庭内で権力を行使できることを望んだ。

 家父長制の維持・強化は、女性を苦しめることもあるだろう。だが、安易にジェンダー平等に飛びつけば、余計な負担や義務を強いられることにもなりうる。欧米の女性たちが経験済みの苦労や困難を、なぜあえて受け入れなければならないのか。

 彼女らの声は、表面的な「ジェンダー平等」の落とし穴を指し示しているようにすら思える。

 そして、2018年にサウジアラビアで女性の自動車運転が解禁になって7年以上が経ったいまなお、女性ドライバーがそれほど多くない理由の説明もつく。