なぜなら、後述する個体数の増加と分布域の拡大、人間側の環境変化(農山村の過疎・放置地増加)といった要因が、被害を加速度的に増加させてきたからだ。戦後80年をかけて、日本の山と人とクマの関係はどう変わってきたのだろうか。
クマの住める場所は
むしろ広がっている
クマが人の前に出現するようになった現象の原因や背景について、広葉樹林が針葉樹人工林に変わったせいだとか、山中に設置されたメガソーラーが影響しているのでは、といったこともよく耳にする。
つまり、クマが生息する山林の環境が悪化し、生息環境を奪われたクマたちが仕方なく人間の前に姿を現しているというわけだ。だが、日本の山林面積自体は減ってはいない。増えても減ってもいないのだ。
人工林自体は、1980年代ぐらいまでしかほとんど大規模な造林はなく、80年代以降の面積は変わっていない。確かに伐採はするが、昔のように極端な伐り方はしない。
1960年代以降の拡大造林の結果、人工林が増えたせいでクマが住む場所がなくなったという意見について言えば、たしかに1980年代、1990年代にクマが置かれていた環境に影響を及ぼしたのは事実だろう。しかし、今の状況を作り出した原因に関して、人工林の増減はほとんど関係ない。
奥山、つまり昔からクマの生息地とされる環境は今もほぼ変わらない。クマが奥山に押し込められていた時代であっても、それでも人はかなり山の奥まで入り込んでいたし、そうした環境でもなんとか耕作して農作物を育てていた。それが、ずっと続いてきたのが中山間地域であるし、多少の山であっても林業もするし農業もするのが日本人だ。山のかなりの傾斜地でも耕作地にして頑張ってきた。昔からそういう山の使い方をしてきており、クマとの関係はずっと変わらなかった。
また、「里山がなくなったせいだ」と言われることもある。里山というときれいな響きに聞こえるが、実際は斜面にへばりついて耕作してきたのが日本各地の農業の姿である。平地があって奥山があって、その間のところになんとか畑を作り、みんなで頑張って耕作してきた。







