5つのクラスターは
互いに相容れない関係

 これら5つの立場は、互いに相容れない部分がある。人命最優先派と動物福祉派は真っ向から対立し、現場の当事者は都市部の両派に不満を持つ。議論の作法を問題視する層はその対立そのものを批判し、メディア批判派はその対立を煽る報道姿勢を批判する。

 そして、それぞれの立場には一定数の誤情報に踊らされる層があり、冷静な構造についての議論を求める声が届きにくい。

 こうした分断の中で、現場の行政担当者や捕獲従事者は板挟みになり、事故は起き続ける。誰もが「正しい」と信じる立場から発言しているが、その総体が問題解決を遠ざけているという皮肉な状況がある。

 クマ問題は、もはや「クマをどうするか」という問題ではなく「分断された社会でどう合意形成するか」という問題になりつつある。こうした世論の分断に、大きな影響を与えているのがメディアである。

メディアによって増幅された
「クマは怖い」というイメージ

 クマに関する映像がニュースで流れたりネット上で拡散すると、本当にその辺にクマがいるような感覚になってしまうのではないか。実際に体験したことと、映像でのヴァーチャルな印象の乖離は非常に大きいと思う。

 今の状況は大衆のクマのイメージがかなりネガティブな方向に進んでおり、クマに接したことがない人ですら「クマなんていなくていい」と言ってしまう。おそらくクマがいない九州でアンケートを取っても、接点すらないのに「クマなんていらない」と答える人が相当数いるだろう。

 2025年は、ネット上への一般市民が撮影した映像の流出など情報環境の変化もあった。もちろん、人身被害も深刻なものであり、人々に対してクマの凶暴性を想像させるような被害が発生したが、誰もがスマホで簡単に映像を撮れてしまうということがセットになり、急にクマが凶暴化したかのような印象が作られた。映像による情報伝達は、人々のクマに対するイメージ形成に決して小さくない役割を果たした。