城南高校のルーツは
1875年創立の変則中学校

 徳島は江戸時代、蜂須賀家25万7000石の徳島藩が領する城下町だった。JR徳島駅のすぐ東側に徳島城址(じょうし)がある。版籍奉還の際に徹底的に破壊され、今は石垣と堀が残っているだけだ。

 城南高校は、城址の南にあることから名づけられている。ただし、日本はいたるところ旧城下町だ。「城南」を冠する高校は現在、全国に10近くある。

 徳島県の城南高校はその中で最も伝統がある。ルーツをさかのぼれば、1875年の名東県師範学校附属変則中学校という学校にたどり着く。2025年11月には、創立150周年の記念式典を開催した。

 各都道府県で最初に設立された旧制中学の創立年を見ると、京都府立洛北高校が1870年、大阪府立北野高校が1873年、東京都立日比谷高校が1878年だ。城南高校は、こうした大都市の伝統校に匹敵する校史を有しているのだ。

 変則中学校が徳島中学校と改称されたのは、1878年で、戦後の学制改革で城南高校となり、女子にも門戸が開かれた。普通科のほか、2006年に応用数理科が設置されている。現在は、男子より女子の方が若干多い。

「自主・自立」が校風だ。

 文部科学省から2003年度と06年度にスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定を受けている。

 入試では「特色選抜」を導入している。硬式野球、テニス、卓球、バレーボール、バスケットボール、陸上の運動部のほか、吹奏楽などで特技を持っている生徒を毎年度、計30人程度、別枠で入学させている。

 城南高校の大学入試合格実績を見てみよう。26年度入試(26年4月入学)では、現役、浪人合わせた速報段階の集計で、徳島大51人、愛媛大12人、香川大11人、岡山大、兵庫県立大各8人、広島大5人など。26年3月の卒業生数は、264人だった。

 難関大学合格実績は、平成時代に入ってから低迷している。東京大と京都大の合格者は、毎年度、多くても1人~2人にとどまっている。1970年には東大に23人、京大に37人が合格するなど、70年代前半には毎年度50人程度が難関をくぐり抜けていたにもかかわらずだ。

 学区制の制約がある城南高校に対し、県内全域の中学生の受験を認めている徳島市立高校理数科や、四国や兵庫県の6年制私立中高校に優秀な生徒を吸引されていることがその要因だ。県下で飛び抜けた歴史と伝統を持つ城南高校の復権が、徳島県の教育界全体からも期待されている。