SF映画の変遷が示す
「悪い進歩」
しかしながら、もし私たちが現在とは全く異なる未来を実際に想像してみるならば、それはユートピア的ではなく、そのほとんどがディストピア的なものです。様々なハリウッドのサイエンス・フィクション(SF)映画では常に多くの進歩が描かれているものの、それは「悪い進歩」なのです。
『ソイレント・グリーン』では気候変動と過剰人口によって人々が共食いを始め、アーノルド・シュワルツェネッガーは『ターミネーター』となり、『ブラック・ミラー』では次から次へとSF的な災厄が描かれます。
私はかつてSFが大好きでしたが、西洋においてSFは、実質的にすでに死んだジャンルです。あらゆるものがディストピア的です。ハリウッドは、保守派の人々よりも遥かに巧みに、反テクノロジーの物語だけを語っています。
それは私たちの文化が非常に悲観的になってしまったことを物語っているのかもしれませんが、おそらくは科学についても何かを示唆しています。つまり、私たちが手にしている進歩は、人々が本当に望んでいるものではないのかもしれない、ということです。
アメリカでは50年間、賃金がほぼ停滞
完全に行き詰まっている
別の角度からこの問題に取り組んでみると、物事が停滞しているという明白な感覚があります。科学技術が非常に速いスピードで進歩しているならば、それは生産性の向上や生活水準の向上につながり、どうにかして賃金の上昇に反映されるはずだという基本的な経済学的直感があります。
しかしアメリカでは、およそ50年もの間、賃金はほぼ停滞したままです。一人当たりGDPにはいくらか緩やかな進歩が見られますが、実質的には完全に行き詰まっています。私の主張は、絶対的な停滞を意味するものではありません。進歩がゼロだというわけではなく、著しく鈍化したということです。
ある意味で、アメリカの停滞は1970年代から続いています。日本にはまだ追いつくための余地(キャッチアップ・スペース)が十分にあったため、1970年代から1980年代にかけては非常に良い数年間がありました。しかし、日本がいったんアメリカと同じレベルに達すると、前進することは同様に非常に困難になりました。







