見舞いに来た友達にうたって聞かせたのだ。

 入院中に20キロも体重が減る程の病状だったのに、3月12日に退院、20日には山口県、30日には長崎県でコンサートを開催した。

 ステージに立っている間は体調がよい、と感じていて、「コンサートをやったら、俺は治る」と言い張った。

 3月24日は、長女あみるさんの結婚式が神戸であり、花嫁のお色直しの間には、英五さんと妻、牧子さんとのケーキカットをし、みんなの目の前でキスをして大拍手を受けた。

 そうして4月14日、大阪でのトークショウで6曲うたい、その時に収録されたトークと「旧友再会」は、葬儀の時に流されることになった。

 翌日の15日、自宅で吐血。再び嫌がる英五さんもやむなく入院。その夜中、16日の午前3時22分、ついに息を引き取った。

飛び入りでうたってくれた
「酒と泪と男と女」

 私が河島英五さんに初めて会ったのは1978年の暮れ、日劇ミュージックホールで開かれた「ほろ酔いコンサート」のステージの上だった。

 客席から誰かが「英五がいるぞ!」と叫んで、会場が騒然となった。

 私が「じゃあ、上がってきてよ!」というと、彼はまっすぐ中央の通路を歩いてきて、そのままステージに上がった。センターのピンスポットを背中に受けて、それはそれはカッコよかった。

 私の目の前に大男の彼が立つと、私は彼の体の中にすっぽりはまってしまい、2人きりの世界。今もあの瞬間のドキドキを、ありありと思い出す。

「うたってよ」と言うと迷いもせず、ピアノの前に座り、弾き語りでヒット作「酒と泪と男と女」をうたってくれた。観客は大興奮。素晴らしい歌に大きな歓声が渦巻いた。

 すごく劇的で、でも一瞬で完全に打ち解けた出会い。

 年が明けた正月。まだ事務所はお休みの時に、英五さんからカセットが届いた。それが「生きてりゃいいさ」だった。

 1人カセットを聴きながら私は涙を堪えることができなかった。

 聴き終わる頃には号泣するほど感動していた。